ニコンプラザ東京一般的な日本文化において「ガイジン」と聞いて思い浮かべるのは、教養がありそうな、金髪に青い目の白人男性というイメージのようだ。日本には連日多くの外国人がやってくるが、彼らの手にはこの国での体験を記録に残すべくカメラが携えられている。
「ガイジン」としての日本での生活は、日本の社会標準に捕らわれることのない一定の自由を約束してくれる。彼らの多くは、そこから思いがけず手に入れた今までの生活にはない人気者としての地位を楽しむことになる。文化的にも言語的にもほどよく無知であることで手にできる不思議なレンズ、そのレンズによって、母国から遠く離れた東洋の文化の中に彼らは暮らすことができるのである。自国では無意味な存在だった連中が、その存在にようやく意味を見出せたような気分に浸る。それぞれが「自分だけの特別な東京」を手に入れることができるのである。
周囲にもてはやされるという新しい感覚によって、自分は特別な存在なんだと錯覚してしまう……ガイジン体験の大部分を成り立たせているのが、この感覚である。自分が際立った存在であるというある種のエリート意識に暗雲が立ち込めるのが、別のガイジンと道で出くわし目を合わせた時である。二人のガイジンの間では、二つの「ガイジンの視線」が交錯する瞬間が訪れるのである。自分以外の外人の存在に気づき、自分が結局それほど特別な存在ではないのかもしれないという現実に遭遇したとき、そこに表れるのは動揺である。本展で展示する作品の「外人の視線」は、平均的な日本人が決して気づくことのない不思議な現象だといえる。
彼らガイジンの表情がどれも一様であることも奇妙だ。その表情の奥には邪推、嫌悪、もしかすると多少の失望が見て取れるかもしれない。おもしろいのは彼らからこうした視線を受けるのは、作者がカメラを手にしている時に限らないという点である。
非日本人というこの特定の集団に、作者自身も当てはまるのは当然ながら明らかである。このようなガイジンの視線に幾度となく出会ってから、作者は自分自身も属するその集団から一歩下がった視点で、彼らにレンズを向けてみようと決めた。彼らの写真を撮ることは、日本に暮らす作者自身の存在を理解するアプローチの一手段となったという。
10/4 (土) 13:00~14:00 ギャラリートーク開催
まだコメントはありません