マキイマサルファインアーツ村上保について
村上保の作品と初めて出会ったのは1989年、有楽町マリオンでの個展である。あれから20年、村上は伝統的な乾漆技法を基に独自の手法を編み出し、制作を続けている。
初期の木彫と80年代半ばから取り入れた乾漆技法による作品には、スサノオ、天邪鬼、獅子といった神話的なモチーフが登場し、ちょっと無法者で愛すべきものたちは、「土中の獅子」などのタイトルから分かるように、土・水・木といった自然の中に生息していた。「烏天狗の飛行台」(1991)では、海老反り状態の烏天狗が、いまにも飛び発たんと飛行台の上で時を待っていた。90年前後の脚の付いた柩の作品群は、死を物語へと展開するシリアスな舞台のようだが、その形態から、ユーモラスな生きものたちにも見えて不思議であった。そして、このあたりを境にして作品はより抽象的様相を強めていく。続く「風を聴く装置」シリーズは、笛をモチーフにした作品群である。主に壁に立て掛けられた状態のこれらの作品は、風が場に溶け込むかのように、無限にたゆたう時空の中でかすかな音を奏でているかのようであった。続いてそのイメージは、風船をモチーフにした「風の船」シリーズへと引き継がれていくのである。
今展の「羽化―風の居ない森―」は、村上が2000年から手がけているシリーズである。昆虫が羽を授かるその一瞬を、時間が静止したごとく作品に定着させている。堂々たる風貌を持ちながら、自然が成した肌合いを見せ、初期の頃の作品同様軽やかに存在する。作品の回りを巡ると、羽と胴との間にできた隙間の後姿がまた実に面白いのだが、"不在の形"を造形化しようとする村上の意図するものが確かにここに表現されている。
村上は、一貫して頼りなげなものたちに目を向け、その姿に形を与え、観る者に微笑をもたらす。たおやかさとたゆたうことが実感するように伝わり、暖かく包み込まれていく。洗練された表現力や巧妙な技法を舞台裏に置き、高みにある芸術ではなく、誰をも招き入れる世界への扉を広く開ける村上保の作品を多くの方々に楽しんで頂ければ幸いである。
-南平妙子 (キュレーター、美術翻訳者)
[画像:「羽化- 天蛾の羽 -(部分)」 乾漆 H152×W158×D78cm]
まだコメントはありません