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後藤悠樹 「その歴史のつづき 樺太からサハリンへ2009」
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後藤悠樹 「その歴史のつづき 樺太からサハリンへ2009」
ニコンサロンbis
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アーティスト
後藤悠樹
ご存知だろうか。かつて樺太と呼ばれた島、サハリンを。
この島には忘れられた歴史がある。1905年より約40年間、日本領だった樺太は北緯50 度以南を日本領、以北をソビエト連邦領とし、陸地にて国境を接していたが、1945年の夏、ソビエト軍が日本領へ侵攻して以来ソビエトの、そして現在は事実上ロシアの統治国となっている。
当時、樺太はパルプ業や漁業などで栄えており、人口は徴用で連れてこられた朝鮮人を含め、40万~45万人程であった。そのほとんどの日本人は、その後実施された引揚げ事業により内地へと引揚げていったが、様々な事情でやむなくこの地に残った日本人がいた。その多くは家族を引揚げさせるために一人残った「長女」たちだった。
一方、1905年の日韓併合以降、日本人として生かされ、樺太へと徴用されていた朝鮮人たちは、各国の思惑に翻弄され、そのままサハリンに残されることになった。
以来、1990年に至るまでの45年間、サハリンへ残留することとなったほとんどの日本人、朝鮮人がソ連による、いわゆる“鉄のカーテン”に包まれ、日本の土を踏むことはおろか、離散した家族に会うことも出来ず、ソ連領となったこの地で暮らしていかなければならなかった。
現在サハリンには、残留日本人や徴用によって連れてこられた朝鮮人一世たち、そして、その子孫たちとロシア系住民によって複雑な社会を形成している。日本最北端の宗谷岬から、サハリン最南端のクリリオン岬まではわずか43キロ。本展は、その忘れられた歴史のつづきである。日本とサハリンは未だ遠い。カラー約 50点。
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スケジュール
2010年6月1日(火)〜2010年6月7日(月)
開館情報
時間
10:30 〜 18:30
休館日
最終日は15:00まで、休館日:年末年始、2月11日・12日、8月の第三日曜日とその翌日
入場料
無料
会場
ニコンサロンbis
http://www.nikon-image.com/activity/salon/schedule/index.htm
住所
〒163-1528 東京都新宿区西新宿1-6-1 新宿エルタワー28階 ニコンプラザ新宿内
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アクセス
新宿駅徒歩10分
電話番号
03-3344-0565
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