武蔵野画廊アーティスト
ESOW、Toshikazu Nozaka
ESOWと稔和。二人の絵画の底に脈々と流れるのは幼少期からの米国への憧れを乗り越え、とっくの昔に亜細亜。自分たちが何処の誰かを知り。だからこそ、この地からデジタルでグローバル化された明らかに違和感のある世界に対し感じている真意のようなものを描く。
稔和が描く
河の流れが一つ所にないように、たえず変化する流体。そして河が流れ着く果ての海。人の住む海岸に波打つ大きく優しい輪郭のハッキリとしたうねり。中から大きく存在を主張する目玉。見えている人には見えている。問題は心の扉の開け具合。
ESOWが描く
一見すると人々が蔑んだり社会の底辺に追いやってしまいできることなら住む家はもちろん視界には入れたくない。それは安定した社会を私たちが形成したいが為に追いやった人たち。それなりに一生懸命だが常に残念な存在。
これらを観たり触れる。
何も感じない人はそれはそれで幸せで、根底に流れる反社会的な部分に触れてしまった人たちは、壊れかけている世界に必要なものを再び見いだすことができる。
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