ニコンプラザ東京黒船の砲艦外交から163年、ペルリ(幕府文書・以下一般名辞としてペリーを用いる)の恫喝外交は、良くも悪くも、形を変えながら続いてきました。ペリー提督、マッカーサー元帥、そして今、黒船を想起させるトランプ新大統領の未知数の力が日本に忍び寄っています。寛容と多様性に重きを置いてきたアメリカという国のあり方を不透明にしています。米軍基地で長く働いている私の実感です。ペリーは日本の土を初めて踏んだ刹那に「ペリーアイランド」と口にしたといいます。アメリカ海軍第7艦隊所属の空母や艦船が入港して、私のオフィスの窓を覆うたびに、その威丈高な光景が「私の島」と感慨を漏らしたペリー上陸と重なります。それは、新大統領の強権的な発言にもつながるのです。日本に開港を迫る手段を「威圧」が最も有効と計画したペリーです。その一方で、黒人の人権擁護の立場をとった人でもありました。日本上陸の際、側近には複数の黒人を就けていたことは、アメリカの多様性の現れでした。1854年、日本は不平等な和親条約を締結しました。しかし国の母体を失うことはありませんでした。古来、よろずの神を受容して祭ってきたように、幕府はペリーというひと柱の渡来の神を受け入れたのです。街のいたるところで渡来神と戯れる日本人の姿が見られるのが横須賀の町です。この平和な光景はアメリカの神がもたらしたと、米軍人たちは心の内で確信しています。安全保障条約においてアメリカが日本を護っている、という声は、今後のアメリカ国内で大きくなっていくと予感します。東アジアが過去になく緊張をはらむようになった今、そしてトランプ氏が新大統領に選出された今、日本の軍備拡張につながらないのか、私には一抹の不安がきざしています。アメリカと日本、二国にどのような未来が待ちうけているのか、改めてペリー上陸の意味を考えています。 (ストラーン 久美子)
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