アンリミテッドな写真表現を武器とする宇田川直寛は、若い頃から影響を受け続けているというヴィトゲンシュタインなどの哲学からある種の問いを「なぞなぞ」として抽出し、それに対し「正しく間違える」という応答を何度も繰り返すことで、そこから発生するエントロピーを作品として提示します。
例えばある時、ロジェ・カイヨワの『遊びと人間』の訳者解説にある「過去を予見するしかない」というフレーズに引っかかります。そしてそこから「後ろ歩き問題」というシリーズが始動し、その延長上である本展は、カフカの『家父の気がかり』を受け「庭の気がかり」と銘打たれました。
純粋な風景写真は如何にして可能か?風景写真に不可避に出現する対象を消し去り、背景だけを純粋に成立させること、また純粋な静物を背景から切り離すことは可能か?家族と過ごす庭でのひとときから、また新しい「なぞなぞ」が生まれます。不毛とも思える「なぞなぞ」との不断の応答は、格闘コントを観るかのようです。それは運動を微分し凍結するという、写真に付いてまわる宿命に対する屈折した愛情表現なのかもしれません。深遠な思考と可笑しみがない交ぜになった、独特な話法をもつ注目の作家です。
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