bloodletting/ cleanse my word, 2026, oil on canvas, 76 x 137 cm
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この度KAYOKOYUKIは、六本木のピラミデビルの2Fに移転オープンいたします。ギャラリースペースは、ビューイングルームを通って隣接するYutaka Kikutake Galleryにアクセスすることができます。初日の3/19(木)には、合同のオープニングレセプションがありますので、ぜひご参加ください。 アンダース・ディクソンは、絵画、水彩画、立体、コラージュなど複数のメディアを横断しながら、断片的なイメージや素材を組み合わせることで、現実の輪郭を静かに揺るがす作品を制作してきました。彼の作品に用いられるのは、キャンバスや紙といった伝統的な支持体にとどまらず、布、段ボール、糸、金属片、あるいは日常の中で拾い集められたささやかな断片など、多様な素材です。それらは縫い合わされたり、貼り合わされたり、あるいはそのままの姿で画面や空間の中に留め置かれたり、仮設的に接続されることで、異なる時間や場所、記憶の層がひとつの画面や空間のなかに重ね合わされています。そこでは、いま目の前にあるものと、まだ名づけられていない何か、あるいは見えないまま潜んでいる気配とが、互いに干渉しながら共存しています。 近年ディクソンは、ウィアード・フィクションや哲学、宗教学といった領域への関心を手がかりに、人間中心の現実認識の外側に広がる感覚の可能性を探っています。夢や神話、光や声として現れる不可視の存在、人間以外の知性といった想像力は、私たちが当然のものとして共有している現実の枠組みを密やかに書き換えていきます。信念や常識が知らず知らずのうちに経験の幅を制限し、驚異や極端さを取りこぼしてしまっているとすれば、彼の制作は、その外側にある感覚をもう一度引き寄せようとする試みであるのかもしれません。 本展覧会「rot in the small season」では、絵画作品を中心に、水彩画や立体作品が配置されます。縫い合わされたキャンバスや貼り合わされた紙片、仮設的に組み合わされた素材は、生成と崩壊のあいだにある不安定な状態を保ちながら、イメージが立ち上がろうとする瞬間と、解体されつつある気配を同時に留めています。画面の中に現れる母子像やフクロウといった図像は、宗教的・神話的なイメージを想起させながらも、明確な象徴として固定されることなく、異なる時間や物語のあいだを行き来する伝達者のように現れては消え、画面に微細な揺らぎをもたらします。 「rot(腐敗)」は単なる崩壊や終焉ではなく、分解と生成が同時に進行する過程を示唆しています。「small season」という曖昧な時間のなかで、ディクソンの作品は、美しさと不穏さ、親密さと異質さが交差する地点に私たちを導きます。そこでは意味や解釈に先立って、まだ言葉にならない感覚が立ち上がり、現実と呼ばれるものの外縁をそっと押し広げていきます。そのとき私たちは、自らの知覚の境界がわずかに開かれていくのを感じるでしょう。
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