セイソン&ベネティエール フォローする
Ceysson & Bénétière Tokyo では、2026年1月22日から3月7日まで、フランス人アーティスト、故アンドレ・マルファンの未発表作品による日本初の展覧会を開催いたします。アーティストのアトリエとの密接な協働のもと構想され、1950年代から1980年代にかけての30年にわたる創作の歩みを辿る特別な機会となっております。 本展では、日本の墨絵への繊細な感性や水墨画の伝統がマルファンの美学と共鳴を生み出します。黒のインクの用い方、余白の働き、そして筆致が精神のあり方を伝える力を通して、作品と日本の絵画的思考との対話が展開していきます。そして、マルファンの厳密な抽象表現は普遍的な広がりを持ち、言語を超えて作品の静かな力強さに触れるよう鑑賞者を導きます。 1925年にフランスの南西部に位置するトゥールーズに生まれたマルファンは、24歳でパリに移りました。そこで彼はエコール・ド・パリの第二世代の動向に触れ、1951年にはアルフレッド・マネシエと、1952年にはピエール・スーラージュと友情を築きました。そして同年、彼は抽象へと転じ、具象にとらわれない思考を表す独自の造形言語を短期間で築き上げました。彼は禁欲的な色使いに加え、作品にタイトルを付けないという姿勢を取り、鑑賞者に完全な解釈の自由を委ねました。記されるのは、制作年・フォーマット・技法のみです。 黒は、すべての色の総体として、やがて彼の「絶対」を追求するうえで特権的な手段として位置づけられるようになりました。そしてその対極にある白は、空間を構成し、光の射し込む場を生み出す能動的な力となっていきました。そしてこの抑制から、強い対比を特徴とする作品が生まれ、光の閃きが暗い塊を横切って行きます。まさに影と光のあいだに生じる葛藤―虚と実、静と動がせめぎ合うなかで生まれており、緩やかさと衝動的な筆致が互いに対峙しつつ、言葉にできないマルファンの精神状態を帯びているように見えます。限られた手法と厳格に限定された色彩にも関わらず、マルファンの絵画が放つ豊かな表現力は、日本的な感性に通じるものがあり、深い共鳴を呼びます。濃淡や筆の角度、筆圧や運筆の速度を繊細に使い分ける墨絵の画家のように、マルファンもまた、同じ鋭い感覚で身振りと素材との微妙な関係を探究し、そうしたわずかな違いがそれぞれ固有の感情的な響きをもたらしています。 絶えず作品が変化を続ける中でも、光の持続的な存在は、彼の制作における真の主題であり続けました。1960年代には激しく荒々しかった絵画は、1970年代以降、「できる限り少ない手数で物事を完全に表現したい」と望むようになり、次第に簡潔でそぎ落とされたものへと移行していきました。1980年代の最晩年の作品では、光は二つの暗がりのあいだにかすかに漂う儚い存在となり、ほとんど瞑想的ともいえる境地に達します。 こうした墨絵作品は、光を最終的な導き手とする内なる風景を映し出しつつ、絵画がマルファンにとって不可欠な行為であったことを示し、制作の深い領域へ踏み入る特別な視座を与えてくれます。
まだコメントはありません