日本近代文学館「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」「記憶して下さい。私はこんな風にして生きて来たのです」——夏目漱石の「こころ」を読んで、こうした言葉が忘れられない人は多いでしょう。小説の一節が、このように後々まで迫ってくるのは、小説の世界が一読してそれで終わり、全て解決ずみというのではなく、長く息づいて、私たち読者の内部に住み着くからです。これからもこの開かれた謎に満ちた世界とずっと対話していきたい、と思わせる何かがあるのです。
高校生になって、教科書で初めて「こころ」を読んだ人も多いと思います。若い時に買って読んだ文庫本を大人になって読み返し、これまで発見できなかったことを見出した人もいることでしょう。思い出せる作中の言葉があるというのは、すでに小説の言葉の世界に自分が目を凝らしていることを示しています。言葉との終わりのない対話、言葉の世界にいつも寄り添って考える姿勢こそ、漱石の求めたことなのです。この展覧会では、作中の印象的な一節の背景を示す資料や、「こころ」が長く読みつがれた歴史も紹介します。一人一人が作中の生きた言葉を探し、人間の心に思いを深めていただく契機となりましたらと願っています。
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