石神の丘美術館岩手郡沼宮内町(現・岩手町)に生まれた齋藤忠誠(さいとう ちゅうせい/1926-1985)は、戦後まもない時期、多摩造形芸術専門学校(現・多摩美術大学)に学びました。
1950年に抽象美術系の作家たちによって結成された「モダンアート協会」が主催する「モダンアート展」を中心に発表した作品は、キュビスムの影響を受けた人物画にはじまり、やがて日本の古典美を抽象画に昇華させることをテーマにした《綾襴(りょうらん)》シリーズへとつながります。
自身の作品制作の一方で、齋藤は1957年に岩手町在住者を中心とした美術団体「エコール・ド・エヌ」を創立、1961年岩手町文化団体連絡協議会結成と同時に会長に推され岩手町文化活動の要として活動、1972年には岩手町で産する「黒御影石」を用いた石彫実習会を試み、翌73年から本格的な「岩手町国際石彫シンポジウム」を企画・実施するなど岩手町の文化振興にも力を尽くしました。
「荒廃し続ける文明を救うものは文化であり その原点を秘めているのは 地方をおいてもはや他にない―」齋藤の言葉は、今日より一層大きく重く響いてくるようです。
生誕100年となる今年、改めて画家・齋藤忠誠の初期から晩年までの作品を紹介するとともに、齋藤が取り組んだ芸術文化振興活動についても振り返ります。
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