姫路文学館平成の世に現れ、「最後の私小説作家」と呼ばれた姫路出身の直木賞作家・車谷長吉。その死からはや十年の時が経ちました。一語一語にこだわり抜いた鬼気迫る無二の文学世界は、今も多くのファンの心を揺さぶり続けています。
二十六歳のデビューから苦汁をなめつづけ、最初で最後のつもりで世に問うた作品集『鹽壺の匙』によって四十七歳にして一躍、文壇の注目を浴びた車谷。白洲正子や安岡章太郎らに高く評価され、江藤淳をして「文学をやっていて良かった」と言わしめた気骨と品格をそなえた車谷文学は、作家が歩んできた孤独で長く苦しい道のりにこそ、その神髄があるといえます。
このほど、妻で詩人の高橋順子さんより、東京都文京区の終の住処「蟲息山房」に作家が残した遺品が当館に一括寄贈されることとなりました。遺愛の品々に加え、蔵書は約千冊、ノートやメモ、原稿類は約五百点、書簡類は約二百点にのぼります。
本展では、これらの膨大な資料により、生真面目でわがままで臆病で虚栄心ばかり強かった「車谷嘉彦」という少年が、いかに反時代的精神を背負った文士・車谷長吉として屹立していったのかをひもときます。自らが経験してきたあらゆる「実」を小説としての「虚」が破り、あの独自の作品世界が完成するまでの長い物語。また、「毒虫」を自称した異形の作家像や作品世界とは異なる、少年のような繊細さと純粋さを秘めたその実像にもせまります。虚実が恐ろしいほどに巧みにからみあった禁断の「車谷ワールド」をどうぞ存分にお楽しみください。
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