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幅広いジャンルの家具・アートを独自の視点でコレクションする、清澄白河の gallery stoop と gallery topso は、2026年5月16日(土)から7月5日(日)まで 清澄白河のギャラリーtopso にて『ガラスの家具展』を開催いたします。 20世紀初頭、モダニズムの到来とともに、ガラスは家具デザインにおいて新たな位置づけを獲得します。デザイナーはその透明性や光の反射、物質の不在性に着目し、素材そのものを主役とする表現へと向かい始めます。それまで、天板や装飾など補助的な素材として扱われてきたガラス。珪砂(シリカ)を高温で溶融し生成される人工素材であり、その起源は古代メソポタミアに遡ります。コアガラスや吹きガラスといった技法の発展を経て、18~19世紀には宮廷装飾や万国博覧会において、その透明性と輝きが誇示され、富の象徴として扱われてきました。 しかし1925年、パリで開催された国際装飾美術・産業美術博覧会を契機に、装飾から工業への価値転換が起こります。家具は装飾品から工業製品へと変化し、ガラスもまたその文脈の中で新たな役割を担うこととなります。その後の第二次世界大戦による断絶を経て、戦後の技術革新がガラスの可能性を大きく拡張しました。1959年、Alastair Pilkington(サー・アラスター・ピルキントン)によってフロートガラス製法が発明され、均質で大判のガラスが安定的に供給されるようになります。さらに1960年代後半には、戦後産業クラスターの形成と宇宙・航空産業の発展を背景に、UV接着をはじめとする透明接着技術が確立され、ガラスは単なる被覆材ではなく、構造そのものを担う素材へと転換していきます。 こうした技術的背景のもと、ガラスは「見えない構造」として空間に存在することが可能となり、重量を持ちながらも視覚的には軽やかであるという相反する性質を内包する新たな造形領域へと到達しました。こうした流れの中訪れた1930年代。 Gio Ponti(ジオ・ポンティ)や Pietro Chiesa(ピエトロ・キエーザ)によるガラス家具が、Fontana Arte(フォンタナ・アルテ)を通じて発表され、近代ガラスデザインの原点が築かれます。ガラスは装飾から構造へと移行する姿勢を見せながらも、技術的制約により量産には至らず、その可能性は一時的に留保されることとなりました。 転機が訪れるのは1973年。Vittorio Livi(ヴィットリオ・リヴィ)によって FIAM Italia(フィアム)が設立され、曲げ強化ガラスを用いた家具の量産化が初めて実現します。世界初の全ガラス製テーブルとなる Onda Pouf Fiam(オンダ・プーフ)をデザイン。加えて同年に、Cini Boeri(チニ・ボエリ)と Tomu Katayanagi(トム・片柳)によって、世界初の1枚の強化ガラスから成形されたアームチェア Ghost Chair(ゴースト・チェア)が誕生。ガラスを構造体として成立させるという試みは、実験的段階から工業製品へと移行し、インテリアデザインにおける新たな地平を切り拓きました。 同時期、日本においては Shiro Kuramata(倉俣史朗)が、UV接着技術(フォトボンド)を用い、ガラスを詩的かつ空間的な表現へと昇華させます。Glass Chair(硝子の椅子)(1976)やGlass Shelves(硝子の棚)(1976)、Glass Table(硝子のテーブル)(1976)は、物質の存在を極限まで希薄化し、「浮遊」や「解放」といった概念を体現する作品として、ガラス家具のもう一つの方向性を提示しました。 一方で、1972年に創業した Glas Italia(グラス・イタリア)は、ガラス加工技術を基盤としながら、2000年代初頭以降、Piero Lissoni(ピエロ・リッソーニ)、Jean-Marie Massaud(ジャン・マリ・マッソー)、 Philippe Starck(フィリップ・スタルク)、Tokujin Yoshioka(吉岡徳仁)らとの協働を通じて、ガラス家具を継続的なプロダクトとして展開していきます。さらに倉俣の作品をはじめとする歴史的デザインを現代の技術によって再生産することで、実験的表現と工業製品の架橋を担っています。 同じガラスという素材でありながら、FIAM が構造的成立を工業化した存在であるのに対し、Glas Italia はその技術を基盤に、デザインの多様性と市場への展開を担う存在へと発展しました。本展では、こうした各時代に製造されたガラス家具を通し、ガラスがいかにして装飾から構造へ、そして物質から現象へと変化していったのかを考察します。
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