アサクサ1960年代末から70年代前半の高度成長経済期ただ中の日本列島は、東京オリンピックや大阪万博に象徴される国家的イベントの影で、学生、労働者、一般市民による抵抗運動が繰り広げられ、それを阻止しようと躍起する権力との間を大きく揺れ動いていました。この時代は、二極化した対立が沈静化したように見える現在もなお、社会問題の重低音として、わたしたちの生活に振動を与え続けています。社会を変えようとし、プロパガンダ闘争という理論の過激な実践として爆弾に行き着いた当時の活動家たちの思想、著作、そして活動を、現在の視点から批判的に見るとき、私たちは何を学ぶことができるでしょうか?
ハイドルン・ホルツファイント(1972年、リエンツ生まれ)は、都市に溶けこむ建築や景観が、個人や社会のアイデンティティに与える影響、そこから紡がれる個人と政治の物語に関心を持ち、映像や写真作品を発表してきました。ホルツファイントの新作映像作品《Kからの手紙》(2023年)は、各地の風景、そして言葉が紡ぐ実験的な映像作品です。読み上げられる言葉の書き手は、鎌田俊彦(1943年、満州生まれ)。1971年に黒ヘルグループを束ねたと言われるアナキストで活動家です。学生運動に対する圧倒的な暴力と安保闘争の失敗を目にし、この極左グループは、ベトナム戦争を始めとする軍事産業に加担する国家権力に対してプロパガンダ手段として爆弾闘争に突き進みます。都内の交番や仙台米軍無線中継所への爆破計画後、1971年のクリスマスイブに、新宿追分交番に仕掛けたツリーを模した爆弾が炸裂しました。鎌田は、1980年に逮捕され、無期懲役囚として現在も収監されています。
鎌田の手紙には、好戦的な過去の記憶と現在の獄中での暮らしが交互に顔を覗かせ、塀の内外、そして国境の内外の政治社会的な出来事に対する鋭い考察が綴られています。本映像作品では、8年間の逃亡生活、そして40年以上になる獄中生活という約半世紀の鎌田の詩的で哲学的な省察の断片が、東京、山口、宮城、秋田という闘争中・逃走中の同氏が過ごした土地の現在の風景の中で、息を吹き返します。
何も変哲も無い日常的な風景の細部に、国家と資本による権力構造を見出した「権力装置としての風景」(*1)の中に、本作では、当時の活動家の軌跡だけでなく、現在の無名の市井の人々や労働者を見出します。準備中の道路工事作業員、監視カメラの下で誰にも気づかれずに早朝駐車場を清掃する老人、白い自転車に乗った警官たちなど、カメラを通して都会の喧騒の中、速度を緩めなければ見えてこない無名の個人の姿が浮かび上がります。本作で描かれた風景には、加速する高齢社会、社会的格差、強まる監視と国家権力だけでなく、無言の抵抗が浮かび上がります。本作は、『略称・連続射殺魔』(*2)に代表されるような1960年代から70年代にかけて、映画人や写真家により理論化された「風景論」を、外部(アウトサイダー)の目により再発見する試みでもあるのです。
映像作品と合わせて、鎌田の闘争の足跡や市民活動家たちによる支援記録、公判資料、逃亡経路を示した地図、そして獄中で読まれた書籍などの関連資料が展示されます。爆弾テロリストとして片付けられた結果だけを見るのでなく、当時彼らを過激な手段へと駆り立てた捩れた歴史への考察や、現在の司法制度に対して問いかけを続けることは、一般市民による社会参画の可能性に向けた思索を促し、展覧会空間は、社会変革に向けた対話の場となるのです。
*1 松田政男『風景の死滅』田畑書店、1971年。
*2 足立正生『略称・連続射殺魔』86分、1975年。
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