NANZUKA UNDERGROUND フォローする
この度NANZUKA は、アメリカ人作家マリオン・ペック(Marion Peck)の新作個展「Forgotten Mysteries of the Sublunar Realm」をNANZUKA UNDERGROUND にて開催いたします。本展は、2022年に同会場で開催した日本初の個展に続く、NANZUKAにおける二度目の個展となります。 マリオン・ペックは1963年、家族旅行中にフィリピンのマニラで生まれ、シアトルで育ち、1985年にロードアイランド・デザインスクールのBFA、その後ニューヨーク州シラキュース大学とローマのテンプル大学のMFAで学びました。1990年に初個展(Marianne Partlow Gallery、オリンピア、ワシントン州)、以後サンフランシスコやNY、ローマ、パリなどにて数多くの展覧会を開催しています。 ペックは、南カリフォルニアを発端とするロウブロウ・アート(Lowbrow Art)、およびそこから派生したより幅広いムーヴメントであるポップ・シュルレアリスム(Pop Surrealism)を代表する作家の一人として知られています。ペックは、1979年に「ロウブロウ・アート」を提唱したゴッドファーザー、ロバート・ウィリアムズが1994年に創刊した雑誌『Juxtapoz』とも強い結びつきを保ってきました。1994年にLAで初個展を開催した夫のマーク・ライデンや、90年代に再評価され、「Rat Fink」のアイコンで日本でも親しまれているエド・“ビッグ・ダディ”・ロスらとともに、90年代以降のアメリカのアンダーグラウンド・カルチャーの重要作家として評価されています。 しかし、ペックの作品の特異性は、これらのムーヴメントの担い手であるという点に留まりません。実際ペックは、ホットロッド文化などと特に関連が深い初期ロウブロウのマッチョなシーンについては、自身の創作との一定のつながりはあるものの、自身がこのカルチャーの後継者であるとはあまり感じていないと語っています。それは、かつて女性シュルレアリストたちの多くがそうであったように、ペックの作品には、現実世界に根づく家父長主義的な文化への懐疑的な姿勢が表れているからだといえます。ペックは、古代の西洋占星術における太陽/月の関係を比喩的に引用しつつ、以下のようにコメントしています。 現代の生活において私たちが支払っている最大の代償は、神秘を軽んじるようになったことかもしれません。科学的実証主義は、あらゆる神秘を「解明」し、その力を奪い去ろうとする絶え間ない動きを生み出しています。虹は水滴を透過する光に「すぎない」。宇宙そのものも、死んだ無意味な物質に「すぎない」。現代の科学という戦士たちによって、あらゆる神秘はドラゴンのように一体ずつ退治されていく―私たちの思考は、今やそのように機能しています。 こうした考え方は、古代の占星術師たちが「太陽的」意識と呼んだものに相当します。私たちは直感よりも理性を、質よりも量を重視し、光に満ちた明晰さと確実性ばかりを求め、暗闇が持つ曖昧さを忌み嫌っています。しかし古の人々は、太陽が昼を支配する一方で、夜を支配するのは月であることを知っていました。彼らは、絶えず変化する形に満ち、生まれ、生き、死に、増幅し、減退し、月のようにリズムとサイクルを繰り返すこの世界を「月下界(Sublunar Realm)」と呼びました。 「月的」意識は、例えば夢のような、夜の神秘に価値を置きます。それは、人間以外にも知性の形態が存在することを認め、目には見えずとも感じることのできる、暗闇の中でうごめくあらゆる事象を肯定するのです。 太陽が男性性と結びつけられるのに対し、月は女性性と結びつけられます。排他的な太陽的意識を持つ家父長制が世界をより強く支配するにつれ、月的意識は価値を貶められてきました。私の作品は、奪い去られた場所に再び価値を取り戻すためのものです。 私は「フェミニスト・アート」を作ろうと意図しているわけではありませんが、自分の芸術を、いわゆる「女性的なもの」を祝福し、敬意を払うものだと考えています。私の絵画が小作品であることも、それを反映しています。私の作品は英雄的ではなく、誰かを圧倒しようとするものでもありません。公共の場よりも、むしろ個人的な空間に馴染むものです。言葉で説明できるメッセージを伝えるのではなく、親密で感情的なレベルで鑑賞者と繋がること。それらは自発的に湧き上がり、私はそれらに形を与えることで、その源泉に敬意を表そうとしています。私は自分の作品を説明する必要性を感じていません。そうすることで、作品に宿る神秘を守り続けていたいのです。 —マリオン・ペック 本展では、小さな木版に描かれた緻密な油彩画の新作群21点を展示いたします。その高度な写実性と、画面に漂う聖域のような気配は、15・16世紀の北方ルネサンス時代の宗教画を彷彿とさせます。また、本シリーズに登場する、擬人化された動物や頭の大きな人間が交わす、慈しみ、気遣い、対話といったケアのしぐさは、ペック独自の奇妙な世界観の中にありながらも、どこか心地よいものとして鑑賞者の目に映ります。それらは、ジェンダーに基づく役割規範を盾に卑小化されてきた、月下界的価値観の回復への希望を示唆しているかのようです。
まだコメントはありません