川口市立美術館埼玉県川口市。蜷川実花の感性は、この街で形成されました。
今も脳裏に焼き付くのは、見世物小屋の異形や鯉の血しぶき、飴玉の光、ピンク映画の看板、電灯の揺れ。おかめ市(酉の市)の雑踏の中で彼女が体験したのは、現実と虚構の境界が曖昧で不安定に揺れ動く世界。この揺らぎこそが、蜷川実花の、見る者を「引きずりこむ」クリエーションに大きな影響を与える起源となるのです。
本展は、蜷川実花自身を作り上げてきた要素に焦点を当て、二つの章で展開されます。
入口のある2階に展示する第一章は、初公開の新作を含む「写真」で構成されます。自身のデビュー作であり、約30年に渡り断続的に記録してきたモノクロのセルフポートレートはまさしく原点。自らの存在を確かめるように実験的に撮り重ねられてきました。さらに、2014年に父・蜷川幸雄が倒れ、死へと向かう1年半を記録し続けた『うつくしい日々』。彼女が「逝く人の目で撮った写真」と表現する本作は、死と向き合うことで再確認されるこの世の美しさ、その瞬きの中にしか存在し得ない風景や感情を留めています。ありとあらゆる瞬間が決定的であり、その時間にしか存在しない儚い世界を切り取る「写真」。誰もがスマートフォンを持ち歩き、簡単に表現ができる現代だからこそ、世界をどう捉えて何を切り取るか、そして「自分の中に何があるのか」という問いと改めて向き合い、表現を突き詰めます。
階段を下がってM2階に展示される第二章では、蜷川実花自身の表現世界に最も大きな影響を与えた家族との記憶に迫ります。川口の地だからこそ明かす、かつてないほど個人的で内面的な世界を通し、自身の根源と深く対峙する特別な空間が広がります。当時の気配をそのままに宿す蜷川幸雄の書斎の移設展示、元女優でキルト作家の母・蜷川宏子のキルト作品、さらに若き日の両親が映るアルバムを発見し、それを蜷川自ら複写した新しいシリーズ『First Light』などが一つの流れの中に共存します。これまで触れてこなかった家族との記憶をたどり、自身の人生を紐解きます。
デビュー以降約30年、多彩に表現領域を広げ続ける中でも、自らの心が動いた一瞬にだけシャッターを切り、目の前の存在や自身の内面とまっすぐに向き合い続ける姿勢は一貫しています。「写真」本来の表現を研ぎ澄まし、幼少期の記憶が眠る感性の原点ともいえる地・川口で一瞬の光の中に閉じ込められた世界と記憶を紡ぎ出すことで、蜷川実花のクリエーションの真骨頂に迫ります。
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