日本近代文学館今から百年前の日本で、「円本」は刊行された。大正時代が終焉を迎える1926(大正15)年12月に、改造社社主の山本実彦の発案で、予約販売形式で一冊一円の文学全集『現代日本文学全集』全37巻・別巻1が改造社から刊行開始となったのである。「円本」は、一円で東京市内を乗車できるタクシー、いわゆる「円タク」にちなんだ命名であった。
一冊一円の廉価な文学全集は好評を博し、他の出版社で廉価版全集の企画が相次いだ。『現代日本文学全集』についで、翌1927(昭和2)年3月には新潮社から『世界文学全集』が、5月には平凡社から『現代大衆文学全集』が、6月には春陽堂から『明治大正文学全集』がそれぞれ刊行開始となり、「円本」は一大ブームを巻き起こした。いわゆる「円本」ブームは、一部の作家の経済状況を潤し、出版権・著作権に対する自覚を促進する契機となった。
「円本」登場の背景には、人口増加と学校教育の普及にともなう読者層の拡大があった。また、1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災によって、大量の書物が灰燼に帰し、経済不況のなかで書物の価格が上昇したことも「円本」の登場を促した。「円本」は失われた明治・大正時代の日本文学を甦らせ、活字を渇望する多くの読者たちに「知」を届けるメディアとして機能することになる。そして、著者から読者へと書物が届くまでに介在する出版社・取次・書店のあり方を見直す契機にもなったのである。
百年前の近代日本の出版流通を大きく変えた「円本」の展示を通じて、出版文化の現在と未来を考える機会になればと思う。
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