《わが愛、陽子》(1968) ©︎荒木経惟

荒木経惟 「アラーキー『愛の皮膜』」

ANOMALY
7月21日開始

アーティスト

荒木経惟
アラーキーの呼称で親しまれる荒木経惟(あらき・のぶよし)は、日本の写真史における一つの巨大な現象といえる存在です。1940年、東京・三ノ輪に生まれた彼は、千葉大学で写真印刷工学を学び、電通に入社。広告写真の最前線で経験を積みながら、その対極にある私的な領域へと視線を深めていきました。1964年、学生時代に撮りためた作品集『さっちん』で第一回太陽賞を受賞。その後1971年、妻・陽子との新婚旅行を題材とした写真集『センチメンタルな旅』を自費出版します。この作品を提示した彼は、自らの写真を「私小説」になぞらえ、「私写真(ししゃしん)」と宣言、90年、陽子は病に侵され没しますが、翌年、荒木は彼女の死をテーマに据えた『センチメンタルな旅・冬の旅』を刊行し、大きな反響を呼び起こします。家族という親密な対象にレンズを向ける行為は古くから存在しますが、彼が他の写真家たちと決定的に異なるのは、その「私事」を単なる思い出の記録としてではなく、今この瞬間に消えゆく時間を繋ぎ止めるための、切実な「時間の略奪」として機能させた点にあります。いわば彼にとって写真は、社会的な記録や芸術的な昇華を目的とする以前に、自己と他者の関係性を剥き出しの感触のまま留める手段です。

荒木の歩みは、既成の境界線を軽やかに越えていくものでした。世界的な美術館で高い評価を得る一方で、国内だけでも約500タイトルに及ぶ写真集を世に送り出しています。1970年代以降、写真がより身近なメディアへと変容していく流れの中で、駅の売店や街角の書店に並ぶ雑誌など、あらゆる媒体に自身の作品を浸透させます。社会の猥雑なエネルギーと共鳴し続け、日常の中に「写真」という視点を根付かせました。その圧倒的な熱量は、眼に映るものすべてを捉えようとする執着に近い、想いの表れといえるでしょう。また彼は、数多くの女性を被写体とした作品を発表しています。それらもまた、既存の文脈を更新するものでした。従来の女性ヌードが、男性の欲望に従属しがちであったのに対し、荒木のレンズが捉える女性たちは消費される記号ではなく、その場にいた痕跡として立ち上がります。体温や呼吸を感じさせる生の横溢は一方的な収奪ではなく、レンズを介して互いの実存を「共犯関係」という名の迷宮へ投げ込む危険な賭けであり、切実な対話の記録でもあります。この関係性は、人物のみならず、風景や花にも等しく注がれています。荒木はこれらを「私現実」と呼び、単なる記録を超えた私的な情念をも投影させてきました。「私写真」、「私現実」、そして荒木は、生(エロス)と死(タナトス)が隣り合わせにあるという感覚を「エロトス」という造語で表現しました。これらは別々の概念ではなく眼の前にあるものへ近づき、失われる寸前の時間に触れようとする行為の中で現れるものであり、荒木にとって生(エロス)と死(タナトス)は同じ皮膜の上に在るのです。

本展のタイトル「愛の皮膜」は、荒木が撮るという行為の核心を伝えるために提起した様々な概念を覆う「愛」という言葉に由来します。あまり知られていませんが、荒木は、一見すると、彼の破天荒なキャリアには似つかわしくない「愛」という平凡な言葉を度々、用いています。しかし、荒木にとっての愛とは、穏やかな感情や美しい物語だけを指すものではありません。彼にとっての愛とは、被写体に極限まで近づくことであり、撮影とは、写真家と被写体のあいだ横たわる最後の薄い皮膜、言葉や意味が生まれる気配を讃えた一瞬を刻印することに他なりません。この展覧会は、そんな彼の60年を超えるキャリアから浮かび上がる世界観を追体験する試みとして企画されました。『さっちん』にはじまり、荒木自身が「彼女と出会うことで写真人生が始まった」と述べている「陽子」をモデルとした作品、『ゼロックス写真帖』、『エロトス』、「街」、「風景」、から最新作まで、膨大な作品群から厳選して構成された荒木の個展が、私たちにもたらす気づきとはどのようなものでしょうか。今日、我々の周囲にはSNSが推薦するイメージが溢れています。アルゴリズムと加工技術、AIの生成技術によって最適化された、もはや「写真」とは言えない「画像」と呼ぶべきものが、否応なく視覚に飛び込んできます。それらのイメージにおいては、観る者の注意を即座に回収するために、構図も色も感情も過不足なく整理され、ノイズが削られ、誤読する余地は極限まで小さくされています。それに対して、荒木の「写真」には、整理し切れない感情、湿度、ためらい、関係のねじれが消すことができない実体として存在します。あらゆる視覚情報が規格化され制度に組み込まれてしまう現代において、彼の作品に触れることは、我々の知覚や意味生成の過程がどのように変質しているのかを気づかせてくれる契機となるに違いありません。

スケジュール

2026年7月21日(火)〜2026年8月8日(土)

開館情報

時間
12:0018:00
休館日
日曜日、月曜日、祝日
入場料無料
展覧会URLhttps://anomalytokyo.com/exhibition/araki-ai-no-himaku-loves-membrane/
会場ANOMALY
http://anomalytokyo.com/top/
住所〒140-0002 東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA Art Complex 4F
アクセスりんかい線天王洲アイル駅B出口より徒歩9分、東京モノレール天王洲アイル駅南口より徒歩10分、京急本線新馬場駅北口より徒歩9分、JR品川駅港南口より都営バス「天王洲橋」下車徒歩4分
電話番号03-6433-2988
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