小金井アートスポット シャトー2Fこの展示は、アーティストの鄭梨愛と文化人類学者の金セッピョルが、「死そのもの」について共に考え、対話する過程で生まれました。
展示を企画した金は、死と葬儀をテーマに研究を進めるなかで、現代社会において死が、個人の「人生の終わり」として捉えられがちな風潮に違和感を抱いてきました。死は、そういった人間中心かつ個人化した視座だけでは捉えられないものだと考えているからです。
「私の死」に備えることや「誰かの死」を悼むことの先にある「死そのもの」に、思索を巡らせたい。本展示は、このような意図から企画されたものです。
ここで主に取り上げるのは、鄭が描いた初期の絵画作品です。
鄭は日本で生まれ育ち、小中高ともに朝鮮学校を卒業、朝鮮大学校にて美術を学びます。在学時から、日本の美術界へアプローチする外へ向けた活動を友人たちと積極的に行うなか、鄭は自身の「在日朝鮮人4世」というバックグラウンドを必然的に意識していくようになります。現在は、そういった自分のルーツを見据えた映像、インスタレーション作品などを中心に制作していますが、活動初期は自身の祖父を対象に絵画作品を制作していました。長年疎遠であった祖母が亡くなって恐怖と後悔を覚えたこと、そして祖母の葬式で再会した祖父の老いに衝撃を受けたことで、祖父の肖像画を描くようになっていたのです。今になって振り返ってみると、それは「生と死の影」を認識する経験であったことに気づきます。このような経緯で2011年から、祖父の死後の2016年頃まで制作された作品を主に展示します。
祖父の日常的な姿を淡々と描写したものから、一人の人間として祖父が生きてきた歴史の捉えようのない深さと広さに戸惑いを隠せない作品。これらの作品は身内に対する温かい愛情のみならず、命をもつ者がまた別の命をもつ者を見つめることで生まれたものです。金は、これらの作品を文化人類学の視点から、また生まれて死にゆく一人の人間としての視点から捉え直し、その過程で紡がれた言葉を寄せます。
この二人の協働を通して、「死そのもの」に向けて思考と感覚の拡張を試み、本展示では私たちの生に内在する死について考え、感覚することを目指します。
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