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[画像: 土井沙織《裏庭》 2023 岩絵具、顔料、弁柄、水干、石膏、寒冷紗、パネル 183 × 139cm photo: Shikama Kohei]

「project N 92 土井沙織」

東京オペラシティ アートギャラリー
終了しました

アーティスト

土井沙織
土井沙織は、自然のなかに生きる動物や人間の姿を、呪術的、神話的に描く。もとは日本画を学び、その表現の背景には日本画の素材、技法への優れた理解がある。しかし、現在は慣例的な日本画からの決別を意識し、石膏で塗り固めた寒冷紗を支持体に工業用の顔料を用いるなどして、素朴で無骨なもの、根源的なものへの表現に向かっている。
土井自身は、自分の描く世界を「祈りと呪いの世界」だという。しかし、それは単なるプリミティブな生命の讃歌とは異なる。土井の表現の根底では、他者とほんとうに分かり合えることはないとか、愛することが傷つけることになっているとか、より現代的なテーマ、現代人の心のあり方こそが問題となっている。
愛知県の自然豊かな場所で幼少期を過ごし、その後首都圏の都市部で成長した土井は、日本画を学んだ東北芸術工科大学のある山形の環境に、自らの「原風景」を見出した。以来、山形に住み、障がい者施設でフルタイムで働きながら、制作を続けている。

今回の展示作品では、一人の女性と、動物(猛禽類や狼、熊など)や薄ら笑いを浮かべる異形の者(土井はそれを「ニヤリとしたやつら」という)との関係性が主に描かれている。女性は土井自身の投影であり、動物や異形の者は女性からみた愛憎の対象だと解釈することはたやすいが、しかし土井はこのような解釈や意味づけを自ら構想したり、描こうとしているわけではないという。そもそもなにかを表現したい、伝えたいと考えてはおらず、ましてや叙事詩的な表現とか、大きな主語でなにかを語ろうとしているわけでもない。土井にとっての制作は、あくまでプライベートな意識の変容、認識の深まりを目指して営まれる。

土井は、寒冷紗(眼の粗いガーゼ様の薄く硬い布)をパネルに貼りつけて石膏で下地をつくる。石膏には、建材として使われる粒状の石灰石などを混ぜている。その下地に、黒でモチーフを荒描きすることから土井の制作は始まる。しかし最初の荒描きは、長い制作プロセスの第一歩にすぎない。土井の制作は、あらかじめ心にわいたイメージを画面に実現する、という図式にはなじまない。そうではなく、漠然と心のなかを占めているなにかに合致しうる未知のイメージが画面上に到来するまで、ひたすら描いては消し、描いては修正することをくり返す長い道のりが、土井にとっての制作なのである。当初の構図がまったく別のものに変化することはざらであり、最初なかったモチーフが加わったり、いた人物がいなくなったりすることもある。ときには定着剤の膠を溶かすために熱湯をかけ、描いたすべてを洗い流すこともある。これらは画面を彫琢して理想的な構図を求めるという形式上の探求ではなく、あくまで自己の分析、自己の深層への旅にほかならない。
そうした制作プロセスを、土井は「画面を殴り倒して泥のなかから砂金を見つけるような」営みだといい、そこでは自らの波長に合った身振りと、たえずそれを受け止める「手応え」が必要だという。土井が石膏で塗り固めた寒冷紗を支持体としたり、目の粗い粒を混ぜたりするのは、マティエールを作るためではなく、あくまで制作時の「手応え」を生むためなのだ。また、土井はとくに大画面ではパネルを立てて描くが、それはまずもって動きやすいからであり、ときに絵具が垂れたり流れたりするのも、むしろ意図せぬ様子が露わになるなど、「気づき」のきっかけとして好ましいという。伝統的な日本画の場合の、画面を水平に置いて描くやり方は、むしろ「隠蔽」につながるともいう……。いずれにせよ、制作時の身振りや手応えといったフィジカルな要素が、土井自身の意識の変容に相関しているのはどうやら明らかであり、そのことが、土井の作品の不思議な切迫感をともなうリアリティを大きく支えているように筆者には思われる。あえぎあえぎ進みながら、求めるものが到来したときには果敢にそれをキャッチする瞬発力が、土井の画家としての本領かもしれない。

自分が描くのは、生きるうえでの「呪い」を解いて、自分自身が自由になるためだと土井は語る。それはプリミティブな呪術性ではなく、現代を生きるわれわれが囚われているなにか、たとえば固定観念、世間の思い込み、愛と憎しみ、心の葛藤や生きるうえでのさまざまな問題と結びついている。
土井はまた、結果としてたまたま出来てくるのが絵であり、絵を描くことが目的ではないとさえいう。制作を通して自分なりの人間理解が深まり、なにかが分かる決定的な瞬間があるというし、出来た絵を自分で見ることは発見と確認の作業であり、自分がなにに重きをおいて、なにを考えているか、自分がどのように世界を見てどのように関係を結ぼうとしているかが分かるような気がするという。つまり土井にとって絵は、なにかを表現したり伝えたりするためではなく、自分自身がものごとを思考し理解する手段として最適なのである。
とはいえ、この画家における自らの意識の変容、認識の深化への肉薄とその切実さは、見るものにより大きななにかを感じさせる。それはすでに画家個人の個別性を超えた、現代人のだれもが共感しうる、普遍的ななにかなのではないだろうか。

スケジュール

2023年10月13日(金)〜2023年12月24日(日)

開館情報

時間
11:0019:00
休館日
月曜日
入場料一般 1400円、大学生・高校生 800円、中学生以下 無料
展覧会URLhttps://www.operacity.jp/ag/exh/detail.php?id=294
会場東京オペラシティ アートギャラリー
http://www.operacity.jp/ag/
住所〒163-1403 東京都新宿区西新宿3-20-2
アクセス京王新線初台駅東口より徒歩3分、小田急小田原線参宮橋駅より徒歩11分、都営大江戸線西新宿五丁目駅A2出口より徒歩12分
電話番号050-5541-8600 (ハローダイヤル)
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