2026年制作のパネル油彩、Time is a fishは、本展の核を示すと同時に、彼の継続的な関心を凝縮した作品でもあります。そこには泡立つ水面を隔てて熊と魚が静かに向き合う姿が描かれています。熊、水、魚の三つの要素は、三角形の関係をなし、循環する構図を形づくっています。エルナンデスの制作のあり方を読み解くうえで、ひとつの重要な手がかりとなるのが、日本の禅宗絵画を代表する作例として知られる如拙《瓢鮎図》(ca. 1413年、京都・妙心寺塔頭退蔵院蔵)です。15世紀前半に活動した如拙によるこの作品は、半ば公案のような性格をもつ絵として知られています。画面には山水風景が広がり、前景では瓢箪を手にした百姓が川辺に立ち、鮎を見つめています。魚を捕まえるにはふさわしくない道具が用いられているこの場面は、どこか戯画的な不可能性、いわば公案のような逆説を示すと同時に、理性によって禅を「捉えよう」とすることのむなしさをほのめかしています。これに対して、熊と魚を描いたエルナンデスの絵画は、より現実味のある場面を示しながらも、両者を永遠に均衡した関係のなかにとどめています。そこにあるのは、欲望の対象そのものではなく、その奥に潜みながら絶えずすり抜けていく意味、つまり時間そのもののように、捉えがたく移ろいやすい意味をあらためて見出すことにあります。現実のメタファーであると同時に、空間を仕切り、見る者の動線を導くスクリーンとしても機能していた如拙の絵画に倣うように、エルナンデスの絵画もまた、インスタレーション内の他のイメージやオブジェと呼応しながら、時間のなかに宙づりにされた空虚な意味の器として機能しています。
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