元永は 1955年と 1956年に芦屋公園で開催された「野外具体美術展」で元永の野外作品として広く知られている「作品 (水)」を発表し、1957年に中辻と出会った際にはキャリアを確立しつつあった。1962年、具体ピナコテカ展のオープニングに伴い、具体はジョン・ケージ、クレメント・グリーンバーグ、イサム・ノグチ、小野洋子など、国際的なアーティストや批評家たちとの交流を深め、国際的な存在感を示し始めていた。抽象表現が絵画の論理的な帰結に繋がると考えられていた時代において、具体の先駆的なインスタレーションやキャンバス上でのパフォーマンス·実験行為は、これまでにない斬新さを持ち、神聖化された常識の境界を軽く飛び越えて行った。元永自身、アラン·カプローの『アッセンブラージュ・エンバイロメント・ハプニング』(1966)などの書籍で紹介され、NY近代美術館で開催された「The New Japanese Painting and Sculpture」(新しい日本の絵画と彫刻) 展など、多分野にわたる制作活動が国際出版物や展覧会で注目された。
1983年の草月プラザでのグループ展「空間へ向かって」では、吊るされた「目」が付いた布と下駄を組み合わせたインスタレーションで、心理的な象徴性と身体性を感じさせる展示となっている。「Running Works 3 x 6 #1」(1990年)と題した作品もまさにこのテーマを扱っており、目を示すシンプルな記号、赤く塗られた表面に隠れるように配置された一本のロープ、そして合板の下に置かれた下駄が一体となって擬人化の効果的なシグナルを形成し、心と身体を投影する。同様に、中辻の「合図―eyes―」や「人形(ひとがた)」シリーズも、部分的なオブジェや幾何学的なシルエットを描き、大胆で生き生きとした線が口や鼻人のイメージを形作る。胴体がないにもかかわらず歩いているように見える特徴的な漫画的な脚、そして時には後光のような輝きを持つ中辻の象徴的な目が描かれる。
元永の初期作品と後期作品を比較すると、抽象表現やインスタレーション作品から始まり、1966-67 年の NY 滞在を経て、蛍光色やグラデーションをより多用するスタイルとなり、最晩年には色彩のグラデーションを帯びた大きな形状が登場するようになるという変化を観察することができる。「キコキコ」(1973)は、力強い螺旋状のグラデーションがかかるフォームの一例であり、大胆なグラフィックの存在感を示し、「きいろべえるかたちたち」(1993 年)では、多くの擬人化された形態が含まれ、身体の一部やその下にある手足を思わせる特徴的な部分が、生きているものを暗示している。
まだコメントはありません