MEMアーティスト
坂田稔、後藤敬一郎、高田皆義、田島二男、服部義文、山本悍右
名古屋を中心にして興った前衛写真運動に関わった主要な写真家の、戦前から戦後初期の作品を紹介致します。
1934年に坂田稔が名古屋市で開いたカメラ写真用品店に集まった画家の下郷羊雄、詩人の山中散生、そして、田島二男、稲垣泰三らによって「なごや・ふぉと・ぐるっぺ」という前衛作家集団が結成されました。山中散生は瀧口修造とともに、「海外超現実主義作品展」(東京、大阪、名古屋、京都巡回、1937年)を企画。本場のシュルレアリストたちの作品が日本で本格的に紹介されることになります。シュルレアリスムや前衛芸術表現が勃興した時代、『フォトタイムス』、『カメラマン』などの写真雑誌では前衛写真やシュルレアリスムをめぐる座談会が企画され、新しい写真運動が興ります。
坂田稔は、『カメラアート』『写真月報』『フォトタイムス』に積極的に論考を発表し、前衛写真運動の理論的支柱になります。1937年、大阪で浪華写真倶楽部の写真家が中心になり前衛写真を指向する「アヴァンギャルド・造影集団」が設立されます。同年名古屋では画家、前衛芸術家が集まり「ナゴヤアバンガルドクラブ」が結成され、二年後の1939年2月にその写真部門が独立した形で、山中散生、坂田稔、下郷羊雄、稲垣泰三、田島二男、山本悍右らが「ナゴヤ・フォトアヴァンガルド」を結成しました。当時の社会情勢下において、前衛表現が弾圧され、報道写真が奨励されるなかで、「ナゴヤ・フォトアヴァンガルド」は、坂田が民家民藝へ接近し民俗学的な写真にシフトするようになったこともあり、同年11月には解散します。
戦後、坂田は写真運動を再開しませんでしたが、山本悍右、高田皆義、服部義文、後藤敬一郎らは、前衛写真家集団「VIVI社」を1947年に結成し、名古屋の前衛写真が再び活動を開始し、戦後の社会のなかで新しい表現を模索していきます。
本展では、坂田稔、後藤敬一郎、高田皆義、田島二男、服部義文、山本悍右の作品を展示、前衛写真運動に関わった名古屋の写真家たちが、時代の波に翻弄されながらも、戦前から戦後にかけてそれぞれの写真表現を追求した軌跡を追います。
※1月26日はトークイベントのため14:00〜17:00は通常観覧できません
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