京都国立近代美術館アーティスト
田中千世子、ひろいのぶこ、村山順子、アリ・バユアジ、メイ・エンゲルギール、レオッネ・ヘンドリクセン
1963年に開館した京都国立近代美術館では、早い段階からテキスタイルによる作品をとり上げてきました。継続的に取り組むのは、これまで紹介してきた作品が内包する表現の可能性と批評性を、今日的な状況を踏まえた上で再検証するためでもあります。
「テキスタイルの冒険―現代オランダの4人のアーティスト」(1996)において、レオッネ・ヘンドリクセンを紹介してから、30年が経ちます。今回展示する彼女の近作は、コロナ禍で顕在化した不安定な日常を送る人々にとって、必要な連帯を模索した作品です。サークルを描くように配置された半透明の袋状のモジュールは、人々の身体が互いに支え合うことで成り立つコミュニティを表わしています。
本展では、ヘンドリクセンの作品が提起する身体性をキーワードに、具象的な造形やモティーフを用いるのではなく、素材や構造と、織ったり縫ったりする行為そのものが象徴的な意味を持つテキスタイルの方法論について考えます。
布の身体性には、衣服として使用されることから想起される身体と、制作の主体である身体というふたつのアプローチが指摘できます。きものは、一般的に模様が鑑賞対象とされますが、村山順子の作品は、その着用性によって毛皮を纏うイメージを喚起させます。かつてきものだった大麻布を用いたメイ・エンゲルギールの作品や、田中千世子の〈袈裟〉シリーズは、切断し再構成することで新たな文脈をつくります。一方、ひろいのぶこは、織物の工程で通常は隠される糸の結び目を、切って結んだ行為の痕跡として見せ、費やされた時間や労働の価値、もしくは結び直すという象徴的な関係性を示しています。こうした関係性の射程を共同体へと広げ、アリ・バユアジは紡ぎ、染め、織り直すプロセスによって、コミュニティの再編を問うてゆきます。
作品の前で私たちが目にするのは、ただ結び目であり、継ぎ接ぎであり、布の重なりにすぎないのかもしれません。しかし日常的に見慣れた眺めの奥にこそ、私たちを取り巻く社会への想像を広げるためのしぐさが隠されているのではないでしょうか。
会場: 4F コレクション・ギャラリー内
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