リズミカルなタッチに潜む知覚と現実。エリン・ディー・ガルシア インタビュー

DIESEL ART GALLERY(ディーゼル・アート・ギャラリー)でErin D. Garcia(エリン・ディー・ガルシア)の個展が開催中。花、植物、果実など静物画を想起させるモチーフを扱いながらも、躍動感を感じさせるポップな作品の背景に迫る。

エリン・ディー・ガルシア ディーゼル・アート・ギャラリーにて

伸びやかなドローイングで人気を集めるアーティスト、エリン・ディー・ガルシアが8月13日から11月10日までディーゼル・アート・ギャラリー東京・渋谷)で個展「Super Silhouette(スーパー・シルエット)」を開催中だ。ロサンゼルスに拠点を置く彼は、デザイナー、ミュージシャン、プロデューサー、作曲家というキャリアを経て2012年からアーティストとして活動をスタートした多彩な経歴の持ち主である。色とラインが何層にも重なる反復、大胆なストロークでつねに予定調和を超えた形を生み出す作品の制作プロセスや、あらゆる経験を経て現在のアーティスト活動に至ったこれまでのビハインドストーリー、展示の見どころなどについて聞いた。

「スーパー・シルエット」展のキービジュアル 提供:ディーゼル・アート・ギャラリー 撮影:Kenji87

動と静が共存するカーレースとの共通点

© Erin D. Garcia

──個展はモータースポーツ用の改造車である「スーパー・シルエット」がテーマとなっていますが、これまでも個展のタイトルにはカーレースに因んだ名前をつけられてきたと伺いました。これらのテーマが生まれた経緯をお伺いできますでしょうか?

僕は数年前からカーレースにハマり始めました。古いドキュメンタリー映像を観るところからスタートし、その次はF1、いまはいくつかのシリーズを追いかけています。初めに惹かれたのは車体・ロゴ・コース・広告などのデザインでしたが、徐々にレース観賞も楽しくなっていきました。

カーレースはリズムが重要で選手はサーキットを走り、各コーナーで前のラップよりもいいタイムを出そうとします。ブレーキングポイントに到達し、エイペックス(コーナー内側の頂点)を見つけ、よい出口を得て次の一連のコーナーに備えるのです。今回の個展とモータースポーツ用の車である「スーパー・シルエット」のふたつのイメージの間にはよい意味でのギャップがあり、それが魅力だと思っています。

「スーパー・シルエット」展会場風景 提供:ディーゼル・アート・ギャラリー 撮影:Kenji87

──作品の中には一見静謐な印象の「静物」を描いた絵画が多く見受けられますが、パワフルなレーシングカーをテーマにしながら敢えて静物をモチーフとして選んでいるのにはどんな意図があるのでしょうか?

躍動感のあるタッチで描きつつ、静物をモチーフとしたドローイングは、カーレースにおけるパワーと静寂、エネルギーとスピード、知覚と現実にも通じる部分です。

「スーパー・シルエット」展の会場風景 提供:ディーゼル・アート・ギャラリー 撮影:Kenji87

さらに、「スーパー・シルエット」と呼ばれる車は量産乗用車のシルエットを残したまま、中身だけ競技に耐えうるよう無制限に改造できるという特徴を持っていました。僕の描く超越したシルエットは、可視化された形が存在していたとしても、中身はとらわれることなく自由に作れる改造車ともリンクします

「スーパー・シルエット」展の会場風景 提供:ディーゼル・アート・ギャラリー 撮影:Kenji87

──出展された作品について、ビハインドストーリーや見どころなどを教えてください。

「スーパー・シルエット」のコレクションの中には2020年に完成した作品もあり、完成済みのアートを扱うのは今回の展示が初めてです。半分は過去2年間のハイライトで、残りの半分はこの展覧会のために描いたもの。過去作品を敢えて取り入れたのは、時間の経過とともにアイデアがどのように発展していくかを表現するためでもあります。あるシリーズから次のシリーズに目を移すと、どのアイデアが受け継がれているか、作品がどのように進化していったかを読み取ることができます。

音楽と絵がつねに日常に存在した幼少期

© Erin D. Garcia

──生まれてから現在に至るまで、ご自身のクリエイティビティを作り上げてきた軌跡をお聞かせください。

子供の頃はよく絵を描いていました。授業中も論文の端にもノートのあちこちにも、描いていました。友達と一緒にグアムのマンタを題材にした「マンタマン」というマンガも描きました。

義父がドラムをやっていたので、音楽は8歳くらいから始めたと思います。ウォークマンでレッド・ツェッペリンを聴きながら、ずっと一緒に演奏したいと思っていました。 高校時代はずっとバンドをやっていて、DJもスタート。俳優でありラッパー、音楽プロデューサーの2Pacが出演していた映画、『Juice(ジュース)』のDJバトルシーンに夢中になったことをはっきりと覚えています。ヒップホップ、ハウス、ドラムンベースと循環し、それらに関するDJのビデオなら何でも観ましたね。

その後は2001年にロサンゼルスに引っ越し、友人とTシャツにスクリーンプリントをしたりジンを売ったりして生計を立てていました。TシャツのデザインをStussy(ステューシー)に2シーズンほど売り、アメリカ建築家協会のフライヤーもいくつか作りました。これがおそらく初のグラフィックデザインの仕事だったと思います。

友人とBrother Reade(ブラザー・リード)という音楽グループも立ち上げ、最初のレコードは僕のベッドルームで作りました。2005年に契約し、ツアーとレコーディングを開始。その頃はDJもコンスタントにやっていたし、コマーシャルや映画の音楽プロデュースも手掛けていましたね。そのあいだも絵を描き続け、アーティストになりたいとは思っていましたが、どう動き出せば上手くいくのかはまったくわかりませんでした。

エリン・ディー・ガルシア Arrangement of Elements in 8 Colors Encino  CA 2016 © Jake Michaels

──ルーツであるグラフィックデザインから、アートを制作されるようになったターニングポイントやきっかけがあれば教えてください。

その決断をはっきりとしたどうか定かではないのですが、何となく僕はグラフィックデザイナーよりもアーティストの方が向いていると直感的に思っていました。デザインは好きですし、僕の絵にも大きな影響を与えていますが、デザインは機能しなければならないです。彫刻家と木工師のような違いですね。どちらも木を利用する点では同じですが、結局のところ、曲がったテーブルを作る大工職人は腕が良くないのです。

エリン・ディー・ガルシア Free Fall #1-3 Ginza Six Art Rambling Tokyo,Japan 2020-21 © Jeremy Renault

アーティスト活動を続けていくうち、友人たちの所有するスペースで開催されるグループ展に参加しないかと誘われて。何度かそこに参加していくなかで個展をやってみないかと声がかかり、その時開催した個展「STACKS(スタック)」が現在の活動につながるすべての始まりです。

この展示をきっかけにサンフランシスコでの個展を開催し、その後『Milk and Honey―Contemporary Artists in California(ミルク アンド ハニー━ コンテンポラリー アーティスト イン カルフォルニア)』という現地の過去と現代アーティストを紹介する書籍に掲載され、パームスプリングスの壁画製作、ロンドンでのグループ展、東京のSOギャラリーでの個展へとつながりました。

エリン・ディー・ガルシア Arrangement of Banded Multi-color Elements Venice CA 2017 © Erin D. Garcia

──現在はロサンゼルスを拠点に活動をされているそうですが、その場所はご自身の制作にとってどのような影響を与えていますか?

確かにロサンゼルスに影響は受けているのですが、その影響が何かは近すぎて僕が理解できていないのかもしれません。ただこの街の好きなところは、それぞれの文化がコミュニティに囲まれていて、それらが互いに重なり合っているところです。

ヒスパニック系の食料品店があるストリップモールの隣にはフィリピン系のレストラン、その隣には韓国系の保険屋、アルメニア系のフォトスタジオ、通りの向かいにはビーガン系のソウルフード・レストランが点在しています。プラザの入り口には、それぞれのビジネスの看板が異なる言語で連なっています。

エリン・ディー・ガルシア Palm Leaf with Flowers #1-3 2021 Acrylic on canvas with maple wood frame 24×36  © Erin D. Garcia

ドラムで身に付けたリズム感覚をアートに昇華

──ガルシアさんの作品の自由な線の動きやリズミカルな図形を見ていると、まるで軽快な音楽を聴いているような気分にさせてくれると感じています。ミュージシャンだった頃の経験は作品に生かされていますか?

ミュージシャンとして学んだ最も重要なことはアイデアを生み出し、発展させるテクニックです。僕の絵のプロセスは即興が基本となります。よいと感じた瞬間を完成度の高いものに進化させていく過程は、音楽を作るときと同じプロセスです。

エリン・ディー・ガルシア Large Gradient #8 2021 Acrylic on wood panel  © Erin D. Garcia

ドラマーだった時代からリズムを得意としているので、それがビジュアル作品に現れるのは理にかなっていると思います。作品の中によく見られる「繰り返し」「組み合わせ」「順列」などの表現は、小太鼓の基礎奏法であるルーディメンツをドラムパッドで練習している時の動きと連動しています。

「スーパー・シルエット」展の会場風景 提供:ディーゼル・アート・ギャラリー 撮影:Kenji87

──手掛ける作品は、どれも見る人の気持ちをポジティブにさせてくれるものが多いように感じますが、ネガティブな気持ちを作品にぶつけたりすることもあるのでしょうか?

ポジティブな作品を意図的に作ろうとは考えていませんが、飽和した配色と自由なフォルムの組み合わせで、作品の中にエネルギーや躍動感を込めようとしているのは確かです。暗い色でも同じことは表現できますが、今の僕のいちばんの関心は落ち着いた色と鮮やかな色のバランスをとり、ダイナミックでカラフルな筆致を作り出すことです。

「スーパー・シルエット」展の会場風景 提供:ディーゼル・アート・ギャラリー 写真:Kenji87

──今回の個展の会場となった「ディーゼル・アート・ギャラリー」で展示するにあたり、意識されたことはありますか?

じつは東京には10年ほど通っていて。渋谷の街のエネルギーが大好きです。展示の企画中は、開催場所のことはそれほど考えていませんでしたが、日本には様々な刺激を受けていますね。

数年前にこのエリアの東急ハンズでひらがなとカタカナばかりが並んだ活字の本を購入しましたが、僕は日本語が読めないので、文字はすべてイメージとして線の組み合わせで見ていたりします。線の太さや形から、言語にはない感覚としてそれぞれのフォントの違いやデザインとしての面白みを感じています。言語が読み手に縛られるのに対し、デザインは文化を超えてコミュニケーションできることが浮き彫りになったいい例ですね。

エリン・ディー・ガルシア「スーパー・シルエット」展にて 提供:ディーゼル・アート・ギャラリー 撮影:Kenji87

──今後の展望をお聞かせください。

数年前から自身の仕事を映像として録画するようになったのですが、さまざまなプロジェクトのビデオを作り、YouTubeチャンネルを立ち上げて公開しています。今後はこれまで通りアート表現を続けていくことはもちろん、映像でも活動の発信を精力的に行っていきたいですね。

中村友美

中村友美

なかむら・ともみ ライター。1987年東京都生まれ。武蔵野美術大学芸術文化学科卒業。出版社勤務を経て「アートとおでかけ」をテーマに、おでかけメディアにてインタビュー・執筆などを行う。主な媒体に「OZmall」「Time Out Tokyo」「Hanako」などがある。