公開日:2022年10月27日

『RRR』レビュー:豪華絢爛で秀逸なアクション、その背後に影を落とすものとは。『バーフバリ』のS.S.ラージャマウリ監督最新作を夏目深雪が論じる

『バーフバリ』2部作で南インド映画への国際的な注目をかつてないほど高めたS・S・ラージャマウリ監督。その最新作『RRR』が日本でも公開された。インド映画史上最高の製作費をかけたという本作は、すでにインドやアメリカなどでも記録的なヒットとなっている。本作は独創的なアクションシーンの数々が見るものを魅了するいっぽうで、その作劇には、インドの現在の政治状況とも関わる問題があるのではないか。『新たなるインド映画の世界』を編著した映画批評家の夏目深雪が論じる。

『RRR』 © 2021 DVV ENTERTAINMENTS LLP.ALL RIGHTS RESERVED.

『バーフバリ』の監督最新作。度肝を抜く秀逸なアクション

『バーフバリ 王の凱旋』(2017)から5年ぶりのS・S・ラージャマウリ監督の新作『RRR』は俳優とアクションシーンに関しては、フルスクリーンで観ないと意味がない映画であろう。主人公はNTR Jr.演じるゴーンド族のリーダーであるビームと、ラーム・チャラン演じるインド人警察官のラーマ。『マガディーラ 勇者転生』(2009)や『あなたがいてこそ』(2010)など、劇場公開されている作品は男女の純愛がメインテーマのものが多い印象だが(『バーフバリ』2部作も「愛」はそのドラマツルギーの根底を貫いている)、戦士である男同士の友情と裏切りがメインテーマである。

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ラージャマウリとは彼の長編デビュー作『Student No.1』(2001)からの付き合いであるNTR Jr.と、ラージャマウリの長編7作目『マガディーラ』で主人公を演じテルグ語映画界のスター俳優の地位を確立したラーム・チャラン。2人ともキャリアの初期にラージャマウリの作品に出演し、ともに名をあげた戦友といっていい間柄であろう。それぞれ十二分に単独で主役を張れるテルグ語映画界のトップスターが共演するというのも贅沢な話で(初共演である)、『RRR』は企画の段階では、Rajamouli、Ram Charan、そしてNTR Jr.の名前にあるRと、3つのRを重ねた仮題として企画がスタートしたという(*1)。

2人とも筋肉隆々で重量感がある南インドの俳優らしいスターだが、この映画でのキャラクターは違いを出している。登場から虎との森を駆け抜けての格闘シーンで度肝を抜かせるビームことNTR Jr.が『バーフバリ』のプラバース演じるバーフバリ親子の「王」感を彷彿とさせるとしたら、ラーム・チャラン演じるラーマは当初悪役っぽく登場する。

舞台は1920年代のイギリス植民地時代のインド。インド人の人権を無視し、支配者として振る舞うイギリス人の政策に、民衆は怒り、反英運動の炎が各地で燃え上がっていた。そんななか、英国領インド帝国の総督の妻キャサリンが、ゴーンド族の娘マッリを気に入り連れ去る。怒り、マッリを取り戻すために立ち上がるゴーンド族のリーダー、ビーム。

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いっぽうインド人警察官として英国政府に仕えるラーマは、反英運動で暴動を起こしたインド人を捕まえるために群衆の中に飛び込み、ボコボコにされながらも群衆をなぎ倒し、最後には捕まえてしまうのだ。

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この2人の出会いのシーンが圧巻である。橋の上で燃料運搬列車が爆発し、川が流れる橋の下にいた子供が犠牲になりそうになる。見ていたビームとラーマが力を合わせて子供を助けるのだが、アイコンタクトだけで作戦を理解し、お互いを完全に信頼し、お互いの体重で支え合いながら橋から下へ飛び込む。ビームは爆発に飛び込むかたちになるが、ラーマが渡した旗で身を守り、炎の中から無傷で現れる。跳躍と遠心力と小道具の妙。『バーフバリ』2部作でも奇想天外なアクションで観客の目を楽しませてくれたが、スピード感やVFX、そして暴力の足し算でしかないアクションとは違う、観客がヒーローに成りきり、そのダイナミズムを体感できるラージャマウリ映画らしい秀逸なシーンであろう。

ストーリー展開には物足りなさも

だが、俳優とアクション以外はフルスクリーンにふさわしいかというと首を捻る。前述のアクションシーンは2人の運命を感じさせて素晴らしいが、その後の展開は平凡である。ラーマを兄貴分として慕うビーム。2人は互いの素性を知らぬまま友情と信頼を育んでいく。たが、いざマッリを救うために総督の家に乗り込むと、そこに警官の制服に身を包んだラーマが現れる。裏切りを知り、失意のうちに捕われの身となるビーム。だが……というストーリーは、何度も映画で描かれた、既視感のあるものだ。『マガディーラ』や『あなたがいてこそ』で描かれた、過去の因縁のせいで愛する2人が引き裂かれ、登場人物の愛憎が捻じれ絡み合い二転三転するアクロバティックな作劇と較べると物足りないものがある。

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女性の描き方が、その点に関する先進性でフェミニストたちからも絶賛された『バーフバリ』2部作から後退しているのも残念だ。ビームとラーマの関係はホモソーシャルなものではないのだが、この映画の女性は脇役で、戦士でもない。対等に男性と闘うことでバーフバリの愛を勝ち取った『バーフバリ』の女性戦士デーヴァセーナやアヴァンティカのような存在はなく、その英知と勇気で国のすべてを牛耳る女帝シヴァガミのような存在もない。

女性の描写において私がもっとも引っ掛かったのは総督の妻キャサリンの描写である。ラージャマウリが得意とする男勝りの女性の描写は、キャサリンのキャラクター造形において、悪い方に出たようである。彼女は我儘で、残酷で、マッリを愛するビームをその振る舞いによって何重にも苦しめる。そしてその報いを受け、無残な最期を迎える。彼女の死体が吊るされるラストシーンはやり過ぎなのではないかと思った。これはミソジニーというよりは、植民地制度への憎悪から来ているのだろうけれども、勧善懲悪で単純過ぎる。

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愛国主義、ヒンドゥー至上主義が影を落とすインド映画界

近年のインド映画が愛国的なのは珍しいことではない。困ってしまうのは、中韓の反日映画と違い、質が高いことだ。たとえば『KESARI ケサリ 21人の勇者たち』(2019)は愛国的な戦争映画であるにもかかわらず、とても感動してしまった。これは国でも少数派のシク教徒が主人公であること、多勢に無勢というシチュエーション、そして軍曹を演じたアクシャイ・クマールの存在が大きいだろう。

質は非常に高いのだが耐え難かったのは、たとえば『URIサージカル・ストライク』(2019)だ。インド軍兵士の描写はきめ細やかなのに、パキスタンのテロリストたちの描写がほぼなく、ラスト、主人公が「俺たちはインド軍だー!」と叫びながらテロ組織の首領の首を掻っ切るところはドン引きだった。だがこの映画は、日本でこそDVDスルーだが、本国では興行収入と批評家の評価、双方とも大変な好成績で、ナショナル・フィルムアワードほか各賞を受賞した。

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ビームとラーマはじつは有名な反英運動家として実在した人物で、しかし実際には同じ時代に生きながらこの2人は会うことはなかった。この映画の着想のきっかけは、もし2人が出会っていたら? というものだったという。そして2人には『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』にというインド2大叙事詩の登場人物のイメージも重ね合わされている。大胆な発想を具現化したおかげで犠牲になったのが実際の──ガンディーやネルーが登場する──歴史であろうが、史実をフィクションとして編み上げ直すのに捻じ曲げていい事実の許容範囲というものがあるのではないだろうか。ハエに転生して復讐する話や、輪廻転生の話などハイ・ファンタジーが得意なラージャマウリがその辺りの匙加減を間違えている気がする。あるいは風呂敷を広げ過ぎて畳めなくなったのか……。

『バーフバリ』2部作は架空の国家を舞台にインドの神話を織り込み、王を誕生させた。それはインドの王でありながら、観客みんなの王となった。我々は「バーフバリ! バーフバリ!」とその来るべき王の名を叫び、王とともに敵と、そして自らと闘い、映画を観ているときだけは、世界地図の国家は、国境は消滅した。NTR Jr.とラーム・チャランというプラバースに負けない魅力がある2大スターを起用しながら、この作品は史実に留まり、史実を安直に捻じ曲げたせいで前作のような傑作にはなり損ねている。思想家のジャック・アタリは今後、インドや東南アジア、アフリカの一部の国々が勝者になり得ると予言した(*2)。モディ政権下でのヒンドゥー至上主義が映画業界に与える深刻な影響も含め、この映画の絢爛豪華な見た目の裏にあるものを注視するべきであろう。

*1──その後、英語ではRISE(蜂起)、ROAR(咆哮)、REVOLT(反乱)の頭文字として、これらの単語がタイトルに付されている。テルグ語、タミル語、カンナダ語、マラヤーラム語では、Rが入った単語(怒り、戦争、血を意味する)がサブタイトルとして付けられている。
*2──朝日新聞2022年10月16日朝刊4面

映画『RRR』
監督・脚本:S.S.ラージャマウリ
原案:V.ヴィジャエーンドラ・プラサード 
音楽:M.M.キーラヴァ―二 出演:NTR Jr./ラーム・チャラン
原題:RRR / 2021年 / インド / テルグ語、英語ほか
日本語字幕:藤井美佳 字幕監修:山田桂子 応援:インド大使館 配給:ツイン 

夏目深雪

夏目深雪

なつめ・みゆき 映画批評、編集業、多摩美術大学非常勤講師。主な著書に、『岩井俊二:『Love Letter』から『ラストレター』、そして『チィファの手紙』へ』(河出書房新社 、2020)、『新たなるインド映画の世界』(PICK UP PRESS、2021)、『韓国女性映画:わたしたちの物語』(河出書房新社、2022)など。