公開日:2026年2月9日

現代アーティスト、アルフレド・ジャーへインタビュー。絶望の時代に、意志の楽観主義を貫く表現とは(聞き手:島田浩太朗)

第11回ヒロシマ賞の受賞したことが記憶に新しいアルフレド・ジャーが、東京オペラシティ アートギャラリーで展覧会を開催している。本展の開催にあたり来日した彼にインタビューを行った。(撮影:灰咲光那[*]は除く)

「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」会場にて、アルフレド・ジャー

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アートを通して世界に問いかける

チリ出身でニューヨークを拠点に活動するアルフレド・ジャーは、建築家、映像作家としての顔も持つ現代美術界でもっとも重要なアーティストのひとりだ。彼は「イメージは無垢ではない」という信念のもと、世界各地で起きる地政学的な惨事に対し、真摯な調査と建築的スケールのインスタレーションで向き合い続けてきた。 

東京オペラシティ アートギャラリーで開催中の「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」は、1970年代の初期作から新作までを概観する。パンデミック以降の閉塞感や世界各地で台頭するファシズムを直視しながらも、芸術を自由が残された最後の空間としてとらえ直す試みだ。

アントニオ・グラムシの「意志の楽観主義」を指針とし、抑圧のシステムに亀裂を入れ続けるジャーが、いかにして世界と自身、そしてアートの力と向き合っているのか、来日している作家に話を聞いた。

「アルフレド・ジャー あなたと私、そして世界のすべての人たち」会場にて、アルフレド・ジャー

──本展タイトルと同名の作品《あなたと私、そして世界のすべての人たち》(2020)は、鏡面、透明、積層されたガラスの3つの立方体で構成されています。この作品が提示する世界観は、自己と他者、見るものと見られるものとのあいだの迷宮的な関係性だけでなく、私たちが世界の諸問題と向き合う際の「当事者性」を問題にしているのでしょうか。

パンデミックのあいだ、世界は約2年間にわたって静止してしまいました。その期間中に私が制作した唯一の作品が、これなのです。当時は目の前に膨大な時間がありました。そこで私は、「抽象」というものへのひとつの試みをしてみようと考えたのです。特定の紛争について語るのではなく、あらゆる対立、そして私自身を同時に内包するような、哲学的で抽象的な表現ができないだろうかと考えました。 

この作品には「あなた、私、そして他者」という3つの選択肢がありますが、どれうが誰であるかは明かしていません。ひとつは透明なキューブで、これは非常にオープンで明快な「透明なパーソナリティ」を象徴しています。ふたつ目は全面が鏡張りでなかを窺い知ることができず、外部から内面を読み解くことが困難な「内向的な人」を表しています。そして3つ目は多層的な構造を持つものです。

私たちは誰しも、これらすべての要素を少しずつ持ち合わせているのではないでしょうか。鑑賞者はこの作品を見て、自分自身を定義することができます。これは受け手に委ねられた「開かれた作品」なのです。

アルフレド・ジャー You and Me and the Others 2020 [*]

──ジョン・ケージに捧げられた《彼らにも考えがある》(2012)は、他者の声に耳を傾けるための沈黙を促しています。この「沈黙を選ぶ」という倫理的な身振りには、どのような可能性があるとお考えですか。

ここで問われている大きな課題は、「私たちはいかにしてともに生きていくか」ということです。話し、かつ聞くことの両方を望む人々もいる。そうした相互の関わりがあってこそ、人は人間になれるのではないでしょうか。 この作品にまつわる物語は特別です。私が深く敬愛する音楽家ジョン・ケージは、16歳のとき、ロサンゼルスの学校で「他者もまた、思考する」というスピーチを行いました。彼はそこでアメリカ政府に対し、中南米への侵攻を止めるよう訴えたのです。「彼らもまた、あなたたちと同じように思考する人間なのだから」と。

私はそのエピソードがたまらなく好きで、このスピーチに捧げる本を自ら装丁して出版しました。しばらくして、この表紙をライトボックスの作品へと作り変えることを思い至ったのです。もともとは、ひとりの人間が他者の思考を認めるという倫理に向けた、ジョン・ケージへのオマージュから始まったものなのです。

アルフレド・ジャー Other People Think 2012 [*]

──ジェイムズ・ボールドウィンの小説にちなんだ《今は火だ》(1988)では、地球儀と消火器が組み合わされています。この相反する力の緊張は、現代の諸問題とどう響き合っているのでしょうか。

この作品は、ある意味で滑稽なほどシンプルです。「世界が燃えているのだから、ここに消火器を置こう。これを使って火を消すんだ」という、ひとつの詩的なジェスチャーに過ぎません。いま、世界は気候変動だけでなく、政治的、社会的にも燃え上がっています。この作品が表現しているのは、まさに私たちの無力さです。人類は火に対処するためのシステムを考案してきましたが、それらはいまや明らかに不十分なものになっています。

既存の要素を組み合わせ、たんなる物質の足し算を超えて、新たな意味を付与する。自分でもこの作品の存在を忘れていて、再発見したときには「発表すべきではない」と思ったほどです。ですが、美術館側が「現代でも通用する」と言ってくれたことで、再びこうして世に出ることになったのです。

アルフレド・ジャー The Fire this Time 1988 [*]