公開日:2021年11月30日

グラウンド・ゼロにフランク・ステラ作品が帰還、無許可でNFT化、館長は人気がない仕事?など:今週の世界注目ニュース

世界の潮流を知るうえで知っておきたい注目ニュースを、ニューヨークを拠点とする藤高晃右がピックアップ。

森美術館『ARTISTS’ COOKBOOK under Lockdown』に収められた料理のなかから、アイ・ウェイウェイ(艾未未)「フード・フォトグラフィ」シリーズより 撮影:Sergio Coimbra, Washington Borges(アシスタント)

いま、世界のアート界では何が起こっているのか? ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目のニュースをピックアップ。今回は、11月14日〜11月23日のあいだに世界のアート系メディアで紹介されたニュースを「アメリカの美術館の変化と摩擦」「アートマーケットと暗号資産」「できごと」「おすすめの読み物」の4項目で紹介する。

アメリカの美術館の変化と摩擦

▼館長は人気のない仕事?
現在なんと全米で20館以上の美術館で館長のポストが空いているという。社会全般的に人手不足ではあるが、かなりの異常事態。人種差別、ハラスメントでの交代やコロナ禍での財政難だけでなく、美術館の超富裕層理事たちと現場職員の板挟みになることを恐れて成り手が少ないことも理由のよう。
https://news.artnet.com/art-world/u-s-museums-director-vacancies-2038335

▼待遇改善のためのストライキ
去年の11月に労働組合が組成されたボストン美術館で職員の待遇改善について合意ができないとして、11月17日にストライキが行われた。そもそも美術館業界で給与水準が低すぎるうえ、上層部との差が開くばかりの現状を改善するために全米で労働組合が組成されている。
https://www.bostonglobe.com/2021/11/11/metro/mfa-union-votes-hold-one-day-strike-next-week/

▼ストライキにはゲリラガールズも登場
上記ニュースの続報。11月17日のストライキ当日には200人以上がボストン美術館前に集まりプロテストが行われた。ゲリラガールズも応援にかけつけた。当日の様子を伝えるレポート。
https://hyperallergic.com/693375/union-workers-strike-at-mfa-boston/

▼アート好き若年層のための特別な制度
米国の美術館には様々な名称でYoung Patron Groupつまり、将来多額の寄付をしてくれるかもしれないアート好き若年層のための特別メンバーシップ制度が設けられている。その制度を通じて美術館に人種的多様性などをもたらそうとする動きが活発化。ダラス美術館、ウォーカーアートセンター、フリック・コレクションなど様々な美術館の事例を紹介する記事。
https://www.artnews.com/art-news/news/state-of-museum-young-patron-groups-diversity-1234610239/


アートマーケットと暗号資産

▼離婚でコレクションを売却
不動産開発で財をなしたハリー&リンダ・マックロー夫妻が派手な離婚劇の末に、長年にわたって築いてきた世界有数のアート・コレクションを売却せざるを得ない状況に。その約半分が11月15日にオークションにかけられた。35点でなんと770億円以上という物凄い結果に。トップはマーク・ロスコの約94億円、2番めはジャコメッティの約89億円。ジャクソン・ポロック、サイ・トゥオンブリー、アンディ・ウォーホルなども。
https://www.artnews.com/art-news/market/quality-triumphs-macklowe-collection-brings-in-676-1-m-at-sothebys-1234610174/

▼ジャコメッティを購入したのは、暗号資産業界の有名人
上記ニュースの続報。このジャコメッティを買ったのが暗号資産業界の有名人ジャスティン・サンだったとのこと。サンは高額アート作品を購入してNFT化していくJUST NFTというファンドを組成しており、ジャコメッティもそこに組み入れられたのではとみられている。これまでピカソやウォーホルの作品がこのファンドで購入されている。
https://www.artnews.com/art-news/market/justin-sun-buys-giacometti-sothebys-macklowe-collection-1234610241/

▼フリーダ・カーロの作品が夫の記録を超える
11月16日のサザビーズでの近代美術のオークションは320億円以上を売り上げ、想定落札額上限を超えた。ただ、メイン作品のフリーダ・カーロの絵画は想定額下限の40億円弱で、これまでのジョージア・オキーフが持つ女性作家最高額の更新には届かなかった。それでもカーロの夫で画家のディエゴ・リベラ保持していた中南米作家最高額の記録を3倍の額で更新して最高額に
https://news.artnet.com/market/sothebys-modern-art-sale-frida-kahlo-latin-record-2035742

▼米国憲法の初版が約49億円で落札
サザビーズの最後のイブニングセールThe Nowは260億円以上の売り上げで好調を維持。奈良美智のトップロットが想定落札額上限を超えて15億円弱など。大きな話題になったのは米国憲法の初版が約49億円で落札されたこと。現存が確認されている13の初版のうち博物館に入っておらず、私人が所有していた最後のもの。
https://www.artnews.com/art-news/market/sothebys-contemporary-evening-sale-november-2021-report-1234610835/

▼米国憲法初版をめぐるオークションでの戦い
米国憲法初版はオークション前から大きな話題になっていた。というのもTwitter上で暗号資産愛好家が集まり、米国憲法初版を競り落とすためにConstitutionDAO(イーサリアムを使った分散型自律組織)を作り、なんとあっという間に1万7000人から45億円をも集めていたからだ。そんなクラウドファンディングも虚しく、オークションではなんとヘッジファンド界のビリオネアのケン・グリフィンに8分間の攻防の末競り負けてしまった。
https://www.cnbc.com/2021/11/19/citadel-ceo-ken-griffin-pays-43point2-million-for-constitution-copy-outbidding-crypto-group.html

▼中国アートやアンティークの人気推移
中国アートやアンティークの全世界でのオークション売上は、コロナ禍にもかかわらず2020年も約6500億円とほぼ2019年から横ばいにとどまった。ただ、本土での売上が伸びたのに対し、その他地域では下落。とくに中国を除くアジアや北米での落ち込みが大きかった
https://news.artnet.com/market/the-market-for-chinese-art-and-antiques-caa-report-2020-2035623

できごと

▼一転、ロックダウンへ
オーストリアでは再度のロックダウンに。11月19日に発表され22日から施行という急なもので、少なくとも12月13日まで3週間続く予定。ワクチンが行き渡った現状から、ウィーンの美術史美術館では今秋目玉のブロックバスター展覧会であるティツィアーノの回顧展が開催中。しかしロックダウンになり、大きな経済的なダメージだという。
https://news.artnet.com/art-world/austria-covid-lockdown-museums-loss-2039176

▼作品と美術館のマッチングサービス
コレクターが美術館に作品を寄贈したいと思っていても、そのコレクションの内容と美術館が望んでいる作品がうまく合わないことで、断られるケースがとても多いそう。それをサービス内でうまくマッチングして解決しようとしているのがMuseum Exchangeという新サービス。シカゴ現代美術館で主任キュレーターを務めた創業者へのインタビューを交えた紹介記事。
https://www.artnews.com/art-news/news/museum-exchange-michael-darling-1234610883/

▼ゴッホ、最後の70日間
ゴッホは若くして自ら命を絶ってしまったが、彼の短い10年のキャリアの中でも、じつは人生最後の70日間で70枚もの絵画を描いていたそうで、制作という意味では最も充実した時期だった。その間際から死後に焦点を当てた新しい本が出版されるのに際して筆者へのインタビュー。
https://news.artnet.com/art-world/martin-bailey-van-gogh-finale-book-2030322

▼アーティストたちのレシピを紹介
コロナ禍において美術館が休館していた際のデジタルプロジェクトの集大成として、アーティストたちによるレシピ本が森美術館から出版。アイ・ウェイウェイやライアン・ガンダー、塩田千春、杉本博司などの名前が並ぶ。館長の片岡真実へのインタビュー記事。
https://www.scmp.com/magazines/post-magazine/food-drink/article/3155807/what-do-artists-cook-their-kitchens-museum-stays

▼ブルックリン美術館がNY市から巨額の財政支援
ブルックリン美術館がNY市からなんと$50M(約57億円)の財政支援を受ける。美術館の120年以上の歴史で最大額だという。ブルックリンの歴史のための常設展示を作ったり19世紀建立の巨大な建物の近代化などに使われる。ブルックリン在住で任期が今年いっぱいの現市長の決断。
https://www.nytimes.com/2021/11/22/arts/design/city-gives-brooklyn-museum-50-million.html

▼無許可でNFT化、訴訟へ
2013年のアートチャリティプロジェクトArt Warsが、当時参加したアニッシュ・カプーアなど有名作家とのコラボレーション作品を無許可でNFT化したとして、作家達から非難されており、12人の作家が訴訟準備中。NFTのマーケットプレイスのOpenSeaではプロジェクトはバンされたが、それまでに6億円以上の売上があったとのこと。
https://www.artnews.com/art-news/news/ben-moore-nft-theft-allegations-1234611145/

おすすめの読み物

▼離婚夫婦とコレクションの決別物語
ハリー&リンダ・マックロー夫妻の離婚に際して、プラザホテルの自宅に飾られていた世界トップクラスのアートコレクションの半分がオークションで770億円以上で売却され、来年に残りが売却される。彼らがいかにコレクションを築いて、なぜ離婚に際してすべてて売却する必要があったのかを詳らかにする記事。シリアスなコレクターで、様々な美術館の理事も務めた妻のリンダが毎日ギャラリーに出かけてアートコレクションを築いた様子を評して、Paceギャラリーのオーナーの言葉。「Making the collection was an everyday career, just as a lawyer goes to work.(コレクション構築は日々の仕事のようなものだった。弁護士が仕事に行くように)」。結果として間違いなく1000億円を超えるアートコレクションを作った。夫が不動産開発事業で財を成したのが始まりとはいえ、50年以上の後の離婚で、蓋を開けてみれば家族資産の一番大きな部分は不動産ではなく、アートだったというのは結果的にはアートコレクションを築くのがたんなる「仕事」ではなく、「いい仕事」だったと言えるのではないだろうか。
https://finance.yahoo.com/news/true-story-high-society-divorce-161300164.html

▼様々なアーティスト財団のあり方
ランド・アートで知られるロバート・スミッソンとナンシー・ホルト夫妻はメイン州の小さな無人島を作品化するためを購入していたが、風光明媚すぎて作品にしなかった。2人が亡くなってからできた財団では、ジョアン・ジョナスなど5人の作家に声をかけてこの島に新しい作品コミッションをしようとしている。また、有名作家の没後の財団は、ウォーホル財団をはじめ、永続的なアートフィランソロピー財団(美術館やアーティストへの助成金を出したりする慈善財団)になるか、フェリックス・ゴンザレス=トレス財団のようにその作家の展示の監督財団になる場合が多いが、ホルト/スミッソン財団は、2人が存命であれば100歳になる年の2038年に解散することが決まっている。
https://www.nytimes.com/2021/11/12/t-magazine/nancy-holt-robert-smithson-island.html

▼グラウンド・ゼロにフランク・ステラ作品が帰還
ワールドトレードセンターの一つのビル前にフランク・ステラの巨大立体作品が設置された。9.11の際に壊されたビルのロビーにはステラの絵画が飾ってあったそうで、いわば20年ぶりの帰還。91歳のビルオーナーがビルを再建し85歳のステラの巨大立体作品を購入して設置した。ステラが長いキャリアを振り返るインタビュー。
https://www.nytimes.com/2021/11/22/arts/design/frank-stella-sculpture-world-trade-center.html

Kosuke Fujitaka

Kosuke Fujitaka

1978年大阪生まれ。東京大学経済学部卒業。2004年、Tokyo Art Beatを共同設立。08年より拠点をニューヨークに移し、NY Art Beatを設立。アートに関する執筆、コーディネート、アドバイスなども行っている。