最終更新:2022年9月6日

アートを描いたマンガ10選! 手塚治虫、くらもちふさこから藤本タツキ、『ブルーピリオド』まで

アーティストやアート作品が登場するマンガは数多い。巨匠の傑作から近年の話題作まで、アートを描いたマンガ作品10作を、吉村麗(国立新美術館 特定研究員)が厳選・紹介する。(タイトル下は初版単行本発売年と出版社)

山口つばさ『ブルーピリオド』

2017〜 講談社

山口つばさ『ブルーピリオド』1巻 講談社

TVアニメ化も話題となり、いまもっともホットな美術系マンガ。高校で絵を描く楽しさに目覚めた矢口八虎が、美大受験予備校や東京藝術大学での生活を通して、仲間とともに美術を学んでいく青春群像劇だ。タイトルは、巨匠ピカソが20代前半に制作した青を基調とした作品群を指すときに使われる「青の時代(=ブルーピリオド)」という用語を、自分の表現を探し求めて苦悩する若者たちの日々になぞらえたもの。寺田倉庫G1ビル(東京・天王洲)で9月27日まで開催中の「ブルーピリオド展~アートって、才能か?~」は、マンガ原画を(ほぼ)展示しないマンガ展として興味深かった。基本的には『ブルーピリオド』のストーリーをパネルや再現展示でなぞる構成になっていたが、随所に知識と体験の両面から“アート”に触れるきっかけを鑑賞者に持ってもらおうという工夫がなされている。また、八虎らの「絵画」を美術予備校や美大に通う学生が描いているという点も本作のユニークな特徴だが、その作品も実際に見ることができる。

くらもちふさこ「銀の糸 金の針」

1981 集英社

くらもちふさこ「銀の糸 金の針」『いつもポケットにショパン』5巻所収 集英社 P.103

美大生の恋愛を描いた少女マンガというと、羽海野チカの『ハチミツとクローバー』(集英社)などが有名だが、今回はくらもちふさこの初期短編「銀の糸 金の針」を紹介したい。なんとなく周囲に馴染めないまま美大生活を送る染子は、真剣にキャンバスに向かう「はちまき少年」に惹かれ、その秘めた想いをモチベーションに文化祭で展示するキルトを制作している。文化祭の準備を通して彼と近づくきっかけを得るが、何気ない発言がいつも裏目に出てしまう……。直接伝える言葉よりも芸術表現がより雄弁という図式は、多くのくらもち作品、とりわけ『いつもポケットにショパン』など音楽をテーマにした作品に共通するテーマと言える。美大に通った経験のある作者ならではの、細やかな視点が取り入れられている。本短編は、『いつもポケットにショパン』5巻(マーガレットコミックスDIGITAL、集英社)に同時収録。

藤本タツキ『ルックバック』

2021 集英社

藤本タツキ『ルックバック』 集英社

画業を志す若者たちを描いた物語として、近年話題になったこの作品も挙げておきたい。集英社のウェブ媒体『ジャンプ+(プラス)』に読み切りとして公開され、瞬く間にSNS上で議論を巻き起こした。学生新聞で4コママンガを連載しクラスメートに絶賛され、絵がうまいと自負していた小学4年生の藤野は、不登校の同級生・京本の絵を見て“格の違い”を知る。負けじと日夜絵の練習に明け暮れる藤野だったが、じつは京本は藤野のマンガの大ファンで、紆余曲折を経て、ふたりはタッグを組んでマンガを描くことになる。物語序盤は、藤野の葛藤やふたりの少女の関係性など研ぎ澄まされた心理描写に引き込まれるが、それだけでは終わらないのが藤本タツキのすごいところでもある。現代のヒリヒリした社会状況を掬いつつ、SF要素を展開に取り入れる構成力の高さ。創作の道に少しでも踏み入れたことのある人間なら必ず最後までページをめくること間違いなし。

杉浦日向子『百日紅』

1983〜 87 実業之日本社

杉浦日向子『百日紅』上 筑摩書房 *現在はちくま文庫版が発売中

紙がうず高く積まれ、硯(すずり)や書物が床に散乱する長屋で、日がな一日筆をとる江戸の浮世絵師・葛飾北斎と娘のお栄(葛飾応為/かつしか・おうい)と、居候の善次郎(後の渓斎英泉)らの日常をのびやかな筆致で描いた傑作。お栄は父譲りの画才を持ち、ときには代筆を務めるほどの腕前だが、恋愛経験に乏しく、春画における男性像の薄っぺらさを父から酷評されている。いっぽう、善次郎は人まねでない自分の作風をまだ確立できておらず、年下だが売れっ子絵師として活躍している歌川国直に引け目を感じている。本作は「絵師としての葛藤や苦悩」を前面に押し出した物語ではなく、あくまで江戸の町に暮らす人々の生活を切り取ったような描写であることが、シンプルな線で描いた絵の個性と相まって作品の魅力となっている。

手塚治虫『ブラック・ジャック』より「絵が死んでいる!」

1975 秋田書店

手塚治虫『ブラック・ジャック』8 手塚プロダクション *本巻に「絵が死んでいる!」収録

法外な報酬を要求する代わりに確実に患者を救うモグリの天才外科医ブラック・ジャックを主人公にした手塚の代表作『ブラック・ジャック』より、芸術をテーマにした1篇を紹介したい。南の島で核実験により被爆し瀕死となった画家ゴ・ギャンは、核の脅威を全世界に知らしめる作品を描きあげるため、ブラック・ジャックに延命のための手術を依頼する。脳移植手術によって別人の肉体で蘇り、再び絵筆をとったゴ・ギャンだったが……。少年期に戦争を経験した手塚の「描き手として平和のために何ができるか?」という反戦への強い気持ちを感じる作品だ。

惣領冬実『チェーザレ 破壊の創造者』

2005~21 講談社

惣領冬実『チェーザレ 破壊の創造者』 講談社

15世紀末のイタリアを舞台に、枢機卿の私生児として生まれながらも半島の覇者となった英雄チェーザレ・ボルジアの若き日々を描いた歴史ロマン。惣領は可能な限り史実に沿った物語の構築を目指し、膨大な量の文献や作画資料を参考に執筆に臨んだという。主テーマとして画家や芸術家を取り上げた作品ではないが、作中に描かれるルネサンス建築の美しさは必見。二重殻によって巨大化したドーム(クーポラ)やギリシャ様式の列柱が並んだ回廊、レリーフの装飾やテキスタイルに至るまで、精緻に描き込まれている。

細野不二彦『ギャラリーフェイク』

1992〜 小学館

細野不二彦『ギャラリーフェイク』 小学館

美術をテーマにした作品として、もっとも有名といっても過言ではない人気シリーズ。表向きは贋作専門のアートギャラリー「ギャラリーフェイク」を経営する藤田玲二は、裏ではブラックマーケットに通じ、盗品や美術館からの横流しの真作を取引する悪徳美術商として知られている。しかしその実、情に厚く、美術品にまつわるトラブルを解決したり、美を理解する人には真作を二束三文の値段で売ったりと、美術界の「ブラック・ジャック」のような存在だ。藤田は元メトロポリタン美術館の学芸員で、古今東西さまざまな美術品に精通しているだけでなく、修復技術も卓越しているという設定。現実では学芸員の専門分野は非常に限定されているので、藤田のようなスーパー学芸員がいたら本当にありがたいのだが……。

中原たか穂『ジェリコー』

2021 KADOKAWA

中原たか穂『ジェリコー』 KADOKAWA

19世紀初頭、フランス・ロマン主義の先駆者として知られる画家テオドール・ジェリコーの短くも激しい生涯を描く。留学先のイタリアで先人たちの偉業に衝撃を受けたジェリコーは、一世代前の画家たちが革命や戦争のなかに感じていた熱狂、生命の力強さを自分も絵筆でとらえたいと渇望するようになる。そんななか、乗組員が筏で漂流中に殺人や共喰いを行った「メデューズ号遭難事件」が起き、ジェリコーはこの凄惨な事件を題材に「人間の本性」を描こうと決意する……。ジェリコーはロマン主義の代表画家ウジェーヌ・ドラクロワとも交流が深く、多大な影響を与えたと言われている。ジェリコーの一世一代の作品となった《メデューズ号の筏》やドラクロワ《民衆を率いる自由の女神》は、ルーヴル美術館の常設作品となっているので見たことがある人も多いはず。史実に基づいた骨太な作品なので、西洋美術史に興味がある人にぜひおすすめしたい。

ニコラ・ド・クレシー『氷河期』

2010 小学館集英社プロダクション 大西愛子 [訳]、小池寿子 [監修]

ニコラ・ド・クレシー『氷河期』 小学館集英社プロダクション

ルーヴル美術館とバンドデシネ(フランスのマンガ)のコラボレーション企画として制作された。数千年後の未来、人間と豚のような犬で編成された調査隊の一行は、雪に埋もれた遺跡からルーヴル美術館を発見し、かつてそこに在った文明について出鱈目な解釈をしようとする。本作にはルーヴルの美術品が約90点登場するが、巻末にちゃんとデータ一覧が掲載されているので、見比べながら読み進めるのもよいだろう。バンドデシネは日本のマンガと違いフルカラーの作品が多いのが特徴だが、見開きごとに構図や色合いを考え抜かれたページは眺めるだけで楽しい。

宇佐江みつこ『ミュージアムの女』

2017 KADOKAWA

宇佐江みつこ『ミュージアムの女』 KADOKAWA

最後に紹介するのは、岐阜県美術館で現役監視員として働く筆者の実話をもとにしたエッセイマンガだ。監視員とは、主に作品保護のために展示室の片隅に常駐しているスタッフのこと。学芸員と混同されることも多いが、実際にはまったく別のプロフェッショナルな仕事だということが、このマンガを読めばお分かりいただけると思う。鑑賞者からはただ座っているように見えても、様々なトラブルや事故を未然に防いだり、人々の快適な鑑賞体験を支えたり、警備員とともに美術館の縁の下の力持ち的な存在である。そんな監視員の仕事へのこだわりや密やかな楽しみとは? 美術館好きの人にはぜひ読んでみてほしい。

吉村麗

よしむら・れい 国立新美術館 特定研究員。担当した主な展覧会は、2022年「ワニがまわる タムラサトル」、2021年「庵野秀明展」、2020年「MANGA都市TOKYO ニッポンのマンガ・アニメ・ゲーム2020」(アシスタント・キュレーター/マンガ担当)ほか。