公開日:2011年3月3日

連続トークで小金井人の魅力に迫る「小金井110人のストーリー」

学生のリサーチからはじまる現在進行形のアートプロジェクト

東京文化発信プロジェクトとTABがタイアップしてお届けするシリーズ記事。第10弾は、小金井市で「小金井アートフル・アクション」と連携して行われているプログラム、「小金井110人のストーリー」を紹介します。[水田紗弥子]

■連続トークイベント

シャトー小金井外観
シャトー小金井外観

武蔵小金井駅からほど近いシャトー小金井という複合施設の中に、今回ご紹介する企画の拠点がある。居酒屋やケアサービス、プールなどが入った、趣のある建物だ。「小金井110人のストーリー」は文字通り、この場で110人を目標に、小金井に関わりのある110人の方に話を聞いていくという連続トークイベントを柱とした企画である。
左から、第7回ゲストの尾引浩志さん、事務局長の佐藤李青さん
左から、第7回ゲストの尾引浩志さん、事務局長の佐藤李青さん

このシリーズは、必ずしもアーティストやアート関係者がゲストとは限らない。これまでも子育て支援のための活動をしている「子育てサロン@SACHI」代表の高橋雅栄さんや、トリオで芸人活動をしている「プラスガンマ」など多岐にわたっている。筆者が参加した回はホーメイというトゥバ共和国の伝統的な民族奏法をとりいれながらミュージシャンとして活動をしている尾引浩志さんがゲスト。小金井に生まれ育ったという尾引さんのお話は、小さい頃の小金井にまつわる思い出から、なぜミュージシャンになったかという音楽活動の話までに及んだ。尾引さんのミュージシャンとしての活動は、これが良い! と思ったら突っ走るタイプで、それがとても魅力的。

ホーメイは唄法の一つで、声の振動、舌や口内をコントロールしてまるで弦楽器のような味わいのある音が奏でられる。ロシア連邦に属するトゥバ自治共和国という国名自体も始めて聞いたが、ホーメイとイギルという弦楽器での演奏は観客のこともかなり惹き付けていた。

尾引さんは現在でも小金井在住ということだが、今後も小金井を中心に音楽活動を続けて行くそうだ。具体的には「あいのてさん」というNHKの教育番組からスタートした音楽ユニットの活動を続けているそうで、今後10年間、小金井市を「重点強化地域」として展開するつもりとのこと。通常、ワークショップで呼ばれる機会があっても一度きりのことが多いようだが、継続的に同じ場所で活動し、少しずつ浸透することで見えてくる新たな活動に可能性を感じると話しているのが印象的だった。

尾引さん率いる「あいのてさん」の活動は、自然発生的に地域に密着して起こっているところがおもしろい。現段階では「小金井アートフルアクション」が「あいのてさん」の活動を長期的に見て行くという計画はないようだが、この連続トークイベントを通じて、ゲストとの繋がりを強化し、地域から発生している活動にアンテナを張ること、そして、それを広げる手助けをすることが、この連続トークイベントを行う意義でもあるだろう。

■小金井アートフル・ジャック
トークの会場では同時に「レディース・アンド・ジェントルメン」というテーマの展示を行っていた。展覧会期の1週間は「小金井アートフル・ジャック」というフェスティバル週間でもあり、若手アーティストの作品やパフォーマンスなどを見ることができる試みとなっている。

展示では利部志穂のインスタレーション作品に注目した。廃材や身近な物、動物や自身のパフォーマンスの映像を繋げ、彼女の世界として再構成することによって、無限にループし広がっていくような空間が存在していた。昭和っぽい重厚な造りの天井や壁、古いホテルのロビーのような雰囲気のある小金井の造形的な特徴に合っていて、まるで不条理なその世界に迷い込んでしまったような印象を受けた。建物の外観からも透けて見えるSONTONの作品は断片的なオブジェや光や音の連なりが一つの有機物でもあるようだった。

利部志穂《サン・トワ・マミー》2010
利部志穂《サン・トワ・マミー》2010

SONTON《SONTON THE GIANTS 2011》2011
SONTON《SONTON THE GIANTS 2011》2011

■作品制作プログラム
連続トークイベントと展覧会に加えて、アーティストの南雲由子による「ままドラマ水脈」というプロジェクトがあるので簡単に触れておく。小金井の特徴として出てくるキーワード「子育て」や「地下水」などからヒントを得て、小金井市在住の子育てをしている主婦に交換日記の鍵が渡され、彼らがシャトー小金井にある交換日記に代わる代わる日記を綴るというもの。

トークイベントのような受け手と発信者がはっきりと分かれる形式とは違った位置づけのプログラムとして、市民が参加するインタラクティブな作品でもあり、人が繋がっていく可能性を秘めた作品である。最終的には日記自体やそれをどう見せるか自体が作品になるようで、展開としては未知数だが、実験的な試みから有益な問題提起も生まれてくるだろう。どのような作品ができあがるか楽しみにしている。

南雲由子「ままドラマ水脈」
南雲由子「ままドラマ水脈」

■おわりに——プロジェクトを継続させるために
本企画は、小金井市芸術文化振興計画推進事業として行われている「小金井アートフルアクション」と連携し、東京文化発信プロジェクトの「学生とアーティストによるアート交流プログラム(※)」の一環として行われている。

※学生が地域や社会の中でアーティストと交流・協働しながら、実験的・先進的なアートプロジェクトを実施する機会を提供することを目的として、東京アートポイント計画のリサーチ型人材育成プログラム「Tokyo Art Research Lab」事業の一環として実施している事業。

「小金井アートフル・アクション」の事務局長も務める東京大学文化資源学の博士課程在学中の佐藤李青さんにお話をうかがった。

「まず、地域とどう関係性を築くかと、どう組織運営の継続性を作っていくかという二つの課題への取り組みとして地域リサーチのプログラムを組むところからスタートしています。」
そう話してくれた佐藤さんは東大の学生としてリサーチも行ったが、同時に地域のNPOの方や他大学の学生などからなる事務局の運営も行っている。

「やってみないとわからない部分が多かった。ただし、失敗したらそこから軌道修正すればいいし、まずは動いてみて実行することで人とのつながりが生まれ、次の課題が見えると思う。」とのこと。
また、今後の課題として「これまでのプロジェクトをどのように、市民に伝わる形に変えていくか」ということや「運営側にも入れるように市民へ広げて行くことが理想ですが、実質はそこまで回っていないので、どう参加者を増やすかが当面の課題です。」と正直に話してくれた。

小金井市といえば、東京都文化発信プロジェクトも属している(公財)東京都歴史文化財団が運営する江戸東京たてもの園や、市が運営する中村研一記念小金井市立はけの森美術館などの文化施設もある。これらの施設が今まで作り上げてきた地元との繋がりも活用できるかもしれない。あらゆる連携の可能性も含め、継続性、地域との関係性をより深める方法を模索している現在進行形のプロジェクトだと言える。今期のリサーチをふまえた今後の動きにも注目したい。

TABlogライター:水田紗弥子 1981年東京生まれ、東京在住。武蔵野美術大学を難波田史男とドローイングについての研究で修了。若手アーティスト支援の仕事を経て、模索中の日々。ART遊覧でもレビューを掲載のほか、展覧会のコーディネートなどを行う。1980年前後生まれの同年代のアーティストの作品に興味がある他、アウトサイダーアートや現代詩も好き。e-mail: mizuta[at]gmail.com 他の記事>>

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