ゴラン・レヴィン基調講演「“わたし”で認識する:メディアアートの歴史と教育、そして未来」レポート

シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]「Future Ideations Camp vol.1: Import *」会場風景より

東京・渋谷にできた芸術文化の創造拠点「シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]」(以下、CCBT)。メディアアートでの表現を開拓したアーティストでありエンジニア、リサーチャー、教育者でもあるゴラン・レヴィン氏が講師として登壇した。「“わたし”で認識する:メディアアートの歴史と教育、そして未来」というタイトルで、2023年2月20日に基調講演が行われ、とくに興味深かった質疑応答を中心にレポートをお届けする。

メディアアートの未来を提案するワークショップ

昨年10月に新設されたCCBTは「デジタルテクノロジーの活用を通じて人々の創造性を社会に発揮するための活動拠点」というコンセプトのもとに、様々なイベントが開催される。本講演は今回初開催となる、未来提案型キャンプ「Future Ideations Camp vol.1: Import *」の一環として行われた。

このキャンプは、公募から選ばれた25人が、5日の間に著名人の講義を受け、グループワークによって作品を制作。そして成果展示まで行うという濃密なワークショップとなる。グループワークのファシリテーターは、メディアアート界隈で活躍するアーティストやプログラマーが集い、参加者と作品の共創を行った。

会期前のプレレクチャーとして、ジョン・マエダ氏(テクノロジスト、マイクロソフト デザイン&AI(Design and Artificial Intelligence)統括責任者)がZoomウェビナーに登壇。そして初回の基調講演には、豊田啓介氏(東京大学生産技術研究所特任教授、NOIZ、gluon)、セオ・ヒョジョン氏(アーティスト、Samsung Art & Design Institute教授)と豪華な講師陣が教鞭を振るった。

「Future Ideations Camp vol.1: Import *」3回目の基調講演を担当したゴラン・レヴィン氏

その3回目の基調講演を担当するのがゴラン・レヴィン氏。レヴィン氏は1972年ニューヨーク生まれ。アーティスト、作曲家、パフォーマー、技術者、教育者として30年以上活動を行う。コンピュータ表現における新しい表現を探求し、映像と音を同時に扱うパフォーマンスなどインタラクティヴな表現によって、人と機械との関係に焦点を当ててきた。彼の著書である『Code as Creative Medium [コード・アズ・クリエイティブ・メディウム] 創造的なプログラミング教育のための実践ガイドブック』が2022年に翻訳されたばかりでもある。メディアアートの歴史を見てきたレヴィン氏ならではの示唆に富んだ応答は、多くの人々にとってのクリエイティブのベースとなるはずだ。 

レヴィン氏による歴史観を共有

当日の会場内は、グループワークの参加者やファシリテーターが30名ほど着席し、プロジェクターの前に講師であるレヴィン氏が登壇した。講演の内容は、「私自身のクリエイティブアートの歴史」「コンピュータアートの歴史」「クリエイティブコーディングやメディアアートについてのパンデミック以降の教育」について。

まずは歴史の解説から始まり、もともとコンピュータの技術は軍事的な目的や監視技術で作られ、インターネットも軍事目的だったことを語る。「そういったなかで、私たちはボトムのフィーダーといえます。Adobeやチームラボと違って、個人で活動しているのが私たちです」とレヴィン氏は説明し、個人から立ち上がるものを大切にする姿勢を見せた。

そこから、コンピュータアートの最初の展示会「サイバネティック・セレンディピティ」を紹介した。「コンピュータを活用してセレンディピティを生み出しました。驚くような魔法をAIで作っています。驚きを作ることが、コンピュテーショナルカルチャーの核にありました」と解説し、レヴィン氏本人もそういった体験を達成したいという思いを持っていた。そして「AIは生産性を上げるためのものとして使われています。しかしAIの真の知性は、タスクをこなすためだけのものではありません。それ以外のことを行うのが知性。AIはセレンディピティを行うためにあるという考えが倫理的な使い方です」と、AIを用いたアート作品は利便性とは異なる体験を提供すべきだと説く。

そういった思想を反映した彼の作品の紹介へと続く。90年代から音声や身体によって映像が同期するというインタラクティヴなインスタレーション作品を制作し、表現を開拓をしてきた。そうした作品群を披露したのち、1960年代からのコンピュータアートの歴史の紹介を行った。数多くの作品を見てきた彼の考察を交えつつ、モーフィングやマシンラーニングなどコンピュータならではの手法を使った初期作品を解説した。

そこから現在の状況につなげていく。教育者としてクリエイティブコーディングやメディアアートについてのパンデミック以降の教育を語った。パンデミック以降、学生は2年近く学校に来ていないので、スクリーンの向こう側にいることになる。そのため、レヴィン氏は、そこからスクリーン以外の要素を加えるために、ペンを使ったプロッティングマシーンとクリエイティブコーディングを組み合わせた作品をテーマにして学生に教えたという。

最後に「コンピューティングの歴史を考えると、主に数学や科学に立脚したものになります。ただ今後はアートや人文学の分野にコンピューティングが入ってくると思います。我々はなぜアートが重要なのかということを、新しいテクノロジーを取り込んで伝えて広めていくべきです」という言葉で締め括り、テクノロジーを使った作品のなかにいかに人間性を介在させるかを想起させる講演となった。

シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]「Future Ideations Camp vol.1: Import *」会場風景より

クリエイティブの未来を示唆する応答

続いて質疑応答が開始した。レヴィン氏の意見を聞きたい参加者からの挙手が多数あり、現在のテクノロジーと表現を巡る状況に対する聡明な回答が得られた。

Q(参加者1):現在、オープンAIのラーニングは大企業など資金を多く有しているところで作られ、モデルや複雑性が年々大きくなっていっている。これまでの既存のマシンラーニングからオープンAIのラーニングに移行するなかでどのように教育していけばよいか。またメディアアーティストがこのような拡張していくモデルに対してどう対応していけばよいか。

レヴィン:大企業の大きなモデルは問題ですが、まずは小さなモデルでもAIは使えます。自分の庭にある落ち葉で作ったとても詩的な作品を先ほど紹介しました。ですので、ラップトップがあれば個人でも素晴らしい作品が作れることを忘れないでください。そのような筋トレを行なってから、Googleなどの大きなサービスを使ってさらに試していけば良いかもしれません。

また、大きなモデルは多くの問題を孕んでいます。最近では50億もの画像が入っているデータセットがあり、大勢のアーティストの取り組みが入ってしまい、非常に残念な状況です。私たちはこういったものに立ち向かっていきたいと思っています。

最近、生徒にAI画像生成サービスのMidjourneyに関する課題を出しました。その結果として「平均的なゴミが永久的に出てくるという状況だ」と生徒が言いました。近年、AIが凡庸なアートを生成できるようになってしまい、AIがアーティストの糧を脅かしています。こうしたことにアートスクールやアートの教育者として向き合うことになりました。アートだけでなく、ミュージシャンも AIによって録音された音源と戦っていかなければならない。

そこからよく考えてみると、機械が音楽を作っていることに過ぎないことに気付きます。やはりAIのシステムは過去の作品を再現しているだけなのです。アーティストであるということは、継続的にアートは何なのかということを発明し続けなければならない。それがAIとの違いです。平均的なゴミを機械が作り続けるのであれば、アーティストはそこに介入してはいけません。

パンクミュージシャンのニック・ケイブがこう言いました。「AIは良い歌を作るかもしれないけれど、偉大な歌は作らない」と。なので、平均的なゴミとは逆の考え方になりますが、歌が素晴らしいと思えるのはその陰に人がいるからです。その作品の陰にいる人とつながることができることができるから、作品とつながることができるのです。たとえば、歌手のニーナ・シモン本人の苦悶を感じることができるから、彼女の作品とつながれる訳です。表現は、私たち人間によって生み出されることが重要で、どこからかコピーしてきたものではないのです。友達や知人が作ったことに意味があります。音楽だけでなくアートに関してもそうだと思います。

シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]「Future Ideations Camp vol.1: Import *」会場風景より

モニタースクリーンの外の表現

Q(参加者2):クリエイティブコーディングはスクリーンの中に閉じてしまいがちなので、クリエイティブコーディングを広くとらえるような方法を聞かせてほしい。絵や音楽を鑑賞する際に、人間が見ているのは絵や音だけでなく、そこにある作者の人生や感情を読み取っている。クリエイティブコーディングがたんなる電気の刺激ではないことについてもう少し聞かせてほしい。

レヴィン:スクリーンをベースにしたアートが、それ以外のアートの世界とのつながる可能性を考えたいという質問だと思いました。パンデミックの影響によって、スクリーンの背後に作品が押し込められた感覚があります。ラップトップでできることが学生たちのパフォーマンスの発露の場になってしまいました。やっとここ数年でそれに対して改めて考え始める時期に来ています。

今後そういったアートはどんなものになるのか考えてみましょう。2020年初頭を振り返ってみると、アーティストの頭の中はどうやって生活するかで占められていたと思います。たとえば、暗号通貨を稼ぐためにスクリーンベースのアートを作ることは簡単な選択肢だったと思います。この世代でそれに染まった人は多い。ただ、そのなかでもクリエイティブコーディングなど新しいアプローチを通して、クリエイティブにお金を稼ぐことはポジティブだと思います。

そして、1970年代のコンピューティングアートからの流れを考えたときに、レーザーやロボット、または実際のパフォーマンスなどの人間の体が関わるものに戻る必要があります。スクリーンベースのアートを考えたときに、いくつかのエリアがあります。NFT、ポストNFT、ポスト・クリエイティブコーディング、ポストスクリーンなど、それぞれにおけるチャレンジや歴史的な文脈があります。しかし、それらは永遠に続くものではありませんし、記録に残せるものでもありません。

たとえば、ブロックチェーンに残したとしても、永久に残るものではありません。インターネット上の小さなスペースに存在するものになってしまいます。そして、マーケティングできるものではありません。暗号通貨を実際の通貨に換金するのが難しい。デジタル空間に作品を置いておかなければならないので実際に売ることができない。これはオートメーションの影響を受けてしまっているんですよね。

以前なら資本主義的な「more for this please!(もっともっとください!)」は、アーティストにとって良い考え方でした。現在はそういったスケーリングで図ることができなくなっています。今後は数字が見えにくいものに立ち戻ることが必要だと思います。それから暗号通貨などの新しいテクノロジーに関してアーティストとしてどう光を当てていくかを考えていく必要があります。

シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]「Future Ideations Camp vol.1: Import *」会場風景より

今後のコンピュータに関する教育への質問

Q(参加者3):これからコーディングやシビックテックなどのコミュニティを東京で育んでいくためのアドバイスを教えてください。

レヴィン:私はラボのディレクターを14年間して退任しましたが、このCCBTほどの空間でした。アドバイスとしては馬鹿げて聞こえるけれど、テーブルはタイヤが付いたものがよいですね。ワークショップで人を集めたり、空間を広くしたり、再構成できるような空間がいい。

もうひとつ重要なことは、許認可に対してです。学生も就職などでクリエイティブな野心を諦めなければいけないという圧力があると思いますが、何かをやりたいということであれば、簡単に許可を得られるような環境にしておく。承認されないようなもの、成果が見込めないようなもの、実験的なもの、それらに対して使用許可を自由に与えていくこと。想像力の泉となるリスクを負いやすいようにしていくことが重要だと思います。

Q(参加者4):日本の学校でもプログラミング教育が行われるようになった。プログラミングでコードを書くということが市民にとって、どういったクリエイティブにつながるのか教えてもらいたい。

レヴィン:学校でコーディングを教えられるようになったのは良いことですね。まず私が言わなければいけないことは、必ずしもコンピュータサイエンティストがプログラミングを教えるのがベストではないということです。アーティストとしてプログラミングを書くということは、コンピュータサイエンスとして書くのか、人文学的に書くのか、専門領域によって異なります。それを背景にしてコーディングとの関わり方が決まります。

ですから、学校での教育はクリエイティビティを喚起させるようなかたちで行われるべきです。コンピュータサイエンスは、具体的なものを作って、より良くしていくなどの具体的な方向を持って教育が行われてきました。では、どのように人々の生活に影響するのか。たとえば、私たちの生活はソフトウェアに囲まれていて、ゲームが好きなら興味のあるゲームの範囲から、初心者のためのプログラミングを学んでいくことができます。そしてアーティストはアートを作るツールとして興味ある範囲からプログラミングができるようになります。

Q(参加者5):日本の教育ではプログラミングは、情報技術やエンジニアの分野でとらえられていて、芸術からかけ離れて存在しています。芸術の分野でプログラミングを普及させるためにはどのような方法があるか。

レヴィン:日本は起点として良いと思います。コンピュータアートの初期は日本の作品が多く、1965年には日本にコンピュータテクニックグループがありました。コンピュータアートのアーティストが世界に十数人しかいなかった時代に、日本にはいたわけです。それと日本にはメディアアートの長い歴史があります。岩井俊雄さん、明和電機さん、それ以外にも多様な世代の人がいて、そして山口情報芸術センター[YCAM]やNTTインターコミュニケーション・センター [ICC]などのアウトリーチのセンターがあります。なので、スタートする環境としては良いです。

コンピュータサイエンティストはプログラミングを牛耳っているので、なかなか良いツールがないですよね。プログラミングを別のかたちで学んだ方が子供にはわかりやすい。そして、アートをできるだけ早い段階で経験してもらうというのが良いと思います。教育の制度に関して政治的にどう立ち回ったら良いのかはわかりませんが、まずは良いツールがあれば成果がもたらされます。

シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]「Future Ideations Camp vol.1: Import *」会場風景より

デジタル世代の公民館としてのCCBT

最後に今回のキャンプのディレクターである萩原俊矢氏(ウェブデザイナー、プログラマー)と、林洋介氏(プログラマー/株式会社HAUS取締役)に想いを語ってもらった。

:今回のキャンプのタイトル「Import」は、プログラミング用語です。ライブラリなど、既に誰かが作成したコードを取り込んで、より効率的にプログラムを書くことができます。現状はまだプログラミングをする人は限られていて偏りがありますが、今回のキャンプでは理工学系や、美術の学生、研究者や広告制作者、主婦などいろいろな方に参加してもらっています。ただプログラムを書くだけでなく、それぞれの経験を活かした多様な視点でのコミュニケーションが行われ、「Import」が行われる場を意識しました。参加者もいままで自分が所属しているコミュニティとは違ったものを求めている人が多かった印象です。今後はCCBTを僕らの時代の公民館にしていきたいですね。

萩原:今回のキャンプのプログラムは、著名な講師から情報をインプットして、ファシリテーターと作品制作を行うアウトプットをして、最終的に作品名を付与して展示するという、「一周まわる」ことを大切にしています。そこから作られたグループワークの展示作品は「時計的なシステム」「楽器」「デジタルサイネージ」という内容で、展示が無事できました。これからCCBTでは、コミュニティを作っていく必要があるので、誰でも関われるノリしろがあって、つながっていくような場になればと思っています。今回のキャンプは参加者の応募が多く、泣く泣く漏れてしまった人もいますが、次回も開催する予定ですので、ぜひぜひ参加していただけましたら。

未来提案型キャンプ「Future Ideations Camp vol.1: Import *」
会期:2023年2月19日(日曜日)〜2月23日(木曜日・祝日)11:00〜18:00〈5日間〉
成果展示(一般公開あり):2023年2月24日(金曜日)〜2月28日(火曜日)
※会期中の基調講演や成果発表等についても一般公開を行います。詳細は後日、CCBTウェブサイトにてお知らせいたします。

会場:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団
https://ccbt.rekibun.or.jp/events/future-ideations-camp01

講師・ファシリテーター:
・ジョン・マエダ(テクノロジスト、マイクロソフト デザイン&AI(Design and Artificial Intelligence)統括責任者)【会期前のプレレクチャー(2月12日(日曜日)】
・ゴラン・レヴィン(アーティスト、エンジニア、リサーチャー、教育者)
・豊田 啓介(東京大学生産技術研究所特任教授、NOIZ、gluon)
・セオ・ヒョジョン(アーティスト/Samsung Art & Design Institute教授)
・会田 大也(ミュージアムエデュケーター)
・荒牧 悠(アーティスト)
・大島 遼(プログラマー、インタラクションデザイナー)
・堀 宏行(プログラマー/汎株式会社代表取締役社長)
・稲福 孝信(プログラマー)
・木村 優作(テクニカルディレクター、エンジニア)
・真崎 嶺(グラフィックデザイナー)
・MATHRAX〔久世祥三+坂本茉里子〕(アーティスト、エンジニア、デザイナー)

プログラムディレクター:
・萩原 俊矢(ウェブデザイナー、プログラマー)
・林 洋介(プログラマー/株式会社HAUS取締役)

高岡謙太郎

高岡謙太郎

ライター、編集、広報など。主にテクノロジーを用いた表現に興味がある。共編著に『Designing Tumblr』『ダブステップ・ディスクガイド』『ピクセル百景』など。日本科学未来館展示課に在籍後、現在フリーランス。