
マイケル・ハイザー North, East, South, West 1967/2002
5月、Frieze New York(フリーズ・ニューヨーク)取材でニューヨークに滞在した。フェアの喧騒とシャンパンとメトロを昇り降りする日々——それはそれで楽しいのだが、滞在中どうしても半日かけて行きたい場所があった。ハドソン川沿いの小さな町、ビーコンにある「Dia Beacon(ディア・ビーコン)」だ。

旅は早朝のグランド・セントラル駅から始まる。近くの行列するタコス屋に後ろ髪を引かれつつ、まずは日本食料品店KatagiriのOmusubi Gonbeiで、アメリカサイズのおにぎりを駅弁代わりに調達。川が見える側の座席を確保して、メトロ・ノース・ハドソン線に約90分揺られる。映画『スリーピー・ホロウ』の舞台となった村を通過し、車窓の左手にはずっとハドソン川が流れる。

人影もまばらなビーコン駅から歩いて10分足らず、生垣に囲まれた平屋のレンガの建物が見えてくる。1929年建造の(あのビスケットの)ナビスコの箱印刷工場を改装し、2003年に開館した美術館だ。




天窓から自然光が降り注ぐ広大な空間に、1960年代以降のミニマル/コンセプチュアル・アートの大作が恒久設置されている。企画展もあるが、ほぼ長期の大型作品の展示が折々で入れ替わっていく、通常の美術館とはすこし異なる構成だ。
そもそも、「Dia」とはなんなのか。現地で解説を読むと、ギリシャ語で「〜を通して(through)」を意味する前置詞なのだという。
ディア・アート・ファウンデーション(Dia Art Foundation)の設立は1974年。ニューヨークで画廊を営んでいたドイツ人ディーラーのハイナー・フリードリヒ、のちに彼の妻となる、ヒューストンの伝説的コレクター、ドミニク・ド・メニルの娘フィリッパ・ド・メニル、美術史家のヘレン・ウィンクラーの3人が立ち上げた。目的は、「規模や射程が大きすぎて、通常の美術館や助成では実現できない、作家の構想を実現させること」。自らを作品が通り抜けていくための「通路」として定義した。
その思想をもっとも純度高く結晶化させたのが、ウォルター・デ・マリアによる《The Lightning Field》(1977)だろう。ニューメキシコの荒野に400本のステンレス棒を、1マイル×1キロメートルのグリッドで打ち込んだ伝説的な作品だ。

同じくデ・マリアの《The New York Earth Room》や《The Broken Kilometer》も、ニューヨーク市内で半世紀近く同じ場所に置かれ続けている。
「会期」ではなく「恒久」を単位にする発想は、当初から一貫している。そして2003年、そのコレクションの受け皿として選ばれたのが、ビーコンの工場跡だった。
今回のお目当てのひとつが、2025年夏から始まった菅木志雄の長期展示だ。菅のセクションでは、主に60〜70年代の作品が再制作され、会場で蘇っている。もの派の思想が、ドナルド・ジャッドやリチャード・セラと同じ屋根の下、同じ自然光の中に置かれている光景は、日本から来た身としては感慨深い。


「置く」、「支える」、「委ねる」という菅の動詞たちが、アメリカン・ミニマリズムの文脈の隣でまったく別の時間感覚を主張している。4年前、TABのYouTube「Why Art?」に出演いただいたときの回答「アートとは“もの”を減らして無にしていくこと」が、私が撮影していたこともありインタビューシリーズでいちばん印象に残っているのを思い出した。
地下の企画展には驚かされた。台湾系アメリカ人アーティスト、謝徳慶(シェ・テーチン)の回顧展「Lifeworks 1978–1999」だ。2024年に作家が代表作11点をDiaに寄贈したことを受けて実現した、キャリア初の回顧展。2027年10月11日まで開催されている。



1年間、檻の中で暮らす。1年間、毎正時にタイムカードを打刻する。1年間、建物に入らず路上で生活する。1年間、他人と1本のロープでつながれて過ごす。1年間、アートに一切触れない。5つの「One Year Performance」が並び、その先に、13年間作品を作りながら一切公開しなかった《Thirteen Year Plan》(1986〜99)が続く。5作すべてが揃うのも、《Rope Piece》と《Thirteen Year Plan》が公開されるのも、これが史上初だという。

唸ったのは構成だ。5作がそれぞれひとつの部屋で展示されている(1年間アートに一切触れない《One Year Performance 1985–1986 (No Art Piece)》と13年間作品を作りながら一切公開しなかった《Thirteen Year Plan》の空間には、なんと宣言文とポスターしかない!)。最後に模型を見て種明かしになるのだが、ひと部屋のサイズが、そのまま「1年」のサイズになっていたのだ。そして歩かされてきた空間の比率が、謝の21年間——活動しなかった時間もふくめて——の長さに対応している。

展示室は作家が10年かけて構想し、ディア・ビーコン用に調整した建築モデルに基づいており、各作品の持続時間だけでなく、パフォーマンスとパフォーマンスの「あいだ」の時間までが空間の比率として設計されている。謝いわく、展示室は「アート・タイム」、部屋と部屋の隙間は「ライフ・タイム」。会場を歩くこと自体が、彼の21年をなぞる行為になる。
もうすこしディア・ビーコンの内部を見ていこう。リチャード・セラの《Torqued Ellipse》(ねじれた楕円)では、錆びたコールテン鋼の壁のあいだをぐるぐると歩くうちに平衡感覚が溶けていく。中心の空洞に立つと、天窓から光が差し込んできて静謐だ。

ダンジョンのような上階の最奥部には、ルイーズ・ブルジョワの《Crouching Spider》が構えていた。工場のレンガを背後に身構える巨大蜘蛛は、ホワイトキューブで見るより何倍も「生き物」だった。

ディア・ビーコンでは個展と言っても、空間が明確に仕切られているわけではなく、壁や数メートルの合間を隔てて現代アートのマイスターたちが共演している。そして「恒久設置」を掲げつつ、実際には数ヶ月、もしくは年単位で作品が入れ替わる。前回来たときにあったものが、次は見られるわけではない。この流動的な展示の仕方もまた時間を意識させる。
アルゴリズムが0.1秒単位でアテンションを奪い合う時代に、ディア・ビーコンでは年単位でアートを提示してくる。謝の檻も、菅の作品も、セラの鉄も、「速く」見ることを許してくれない。この「遅さ」こそが、いま最も贅沢な鑑賞体験なのかもしれない。


ニューヨークへ行く予定のある方は、フェアや美術館巡りの合間に、ぜひ半日をビーコンに。とはいえ、この日そのあと私は懲りもせず、寸暇を惜しんでマンハッタンのメガギャラリーやオークション会場に赴いて、また資本主義の時間に揺り戻されてしまったのだけれども。
ちなみにニューヨーク市内、チェルシーのギャラリー街にもディア・チェルシー(Dia Chelsea)という巨大なスペースがあり、ここでも長期の展示が見られる。「David Lamelas: The Machine」が2027年1月16日まで開催中だ。

ディア・ビーコン(Dia Beacon)
3 Beekman Street, Beacon, NY
グランド・セントラル駅からメトロ・ノース・ハドソン線で約90分、ビーコン駅下車徒歩約10分
「Tehching Hsieh: Lifeworks 1978–1999」は2027年まで開催中