:『ハムネット』 © 2025 FOCUS FEATURES LLC.
劇作家ウィリアム・シェイクスピアによる不朽の名作『ハムレット』の誕生には、長男であるハムネットと家族を襲った悲劇があった──。
ウィリアムの妻でありハムネットの母、アグネスの視点から激動の日々を描いた映画『ハムネット』は、早くから世界の賞レースを席巻した話題作。第98回アカデミー賞で主演女優賞、第83回ゴールデングローブ賞では作品賞・主演女優賞(ともにドラマ部門)を受賞した。原作は、2020年に発表され、イギリスの女性小説賞や全米批評家協会賞を受賞したマギー・オファーレルによる同名小説だ。
監督は、『ノマドランド』(2020)でアカデミー賞の作品賞・監督賞に輝いたクロエ・ジャオ。自身にとっても新境地となったが、当初はこの企画を断るつもりだったという。原作小説を読んでいなければ、『ハムレット』にも詳しくなく、また自らが母親にまつわる個人的なトラウマを抱えていたためだった。
なぜジャオはこの仕事を引き受け、いかにして『ハムネット』とシェイクスピアの世界に近づいていったのか。
「私が物語を選ぶのではなく、物語が私を選んでくれる。私はそう信じています」。来日したジャオに、創作に込められた思想と願いを聞いた。
16世紀イギリス。小さな村で劇作家を志すウィリアム・シェイクスピア(ポール・メスカル)は、“森の魔女の娘”と呼ばれるアグネス(ジェシー・バックリー)と結婚し、長女スザンナをもうけた。のちにウィリアムは、夢を叶えるためロンドンへ移住。アグネスは夫が不在のまま、双子の長男ハムネットと次女ジュディスを産み、生活に奮闘する。ところが、思いがけぬ悲劇が家族に襲いかかり……。
オファーを断るつもりだったジャオが翻意した決め手は、「不思議な偶然が続いたこと」だった。ブレイク前のポール・メスカルから連絡を受けて面会し、「ウィリアム役を演じられるのではないか」と感じたこと。メスカルの薦めで原作を読み、『ハムレット』を初めて深く理解できたように思えたこと。アグネス役にふさわしいと直感したジェシー・バックリーが出演を快諾し、原作者マギー・オファーレルも共同脚本を引き受けたことだ。
「私の意志とは関係なく、人生や運命が介入してくるのを許すような感覚でした。私が“やります”と言えるようになったときには、ジェシーとポール、マギーの全員の参加が決まっていた。そこで、ジェシーとポールのために脚本を書こうと決めたのです」
ジャオは「物語は私たちが支配し、所有できるものではない。“支配できる”という考えは少しエゴイスティックなのかも」と言う。「物語はただそこにあり、時には自らの生命を持つもの。ある程度は制御しなければなりませんが、ありのままの姿も認めなければいけません」
物語と向き合うこのような創作のプロセスを、ジャオは考古学にたとえている。
「発掘作業を進めていくと、“この場所で何が起きたのか?”という自分の仮説には執着していられなくなります。かわりに小さな発見の一つひとつが、この物語が語ろうとしていることを明らかにしてくれる。私は自分のヴィジョンではなく、物語の痕跡をひたすら追っていきました」
