最終更新:2022年6月15日

『犬王』は、身体を異能へ拓けと呼びかける:湯浅政明監督の最新作『犬王』レビュー(文:土居伸彰)

湯浅政明監督が歴史に埋もれた伝説の能楽師「犬王」を描いた新作ミュージカル・アニメーションを、土居伸彰がレビュー

© 2021 “INU-OH” Film Partners

ライブ・パフォーマンスで躍動する『犬王』の身体

湯浅政明監督の最新作『犬王』は、私たちの身体へと訴えかけようとする。

まずは、線がそれをもたらす。湯浅は2013年にスタジオ「サイエンスSARU」を設立し、フラッシュ・アニメーションを作画へと積極的に取り入れた。拡大縮小しても劣化することのないその作画の線は、ダイナミックなカメラワークを可能にしたが、いっぽうでツルリと端正な印象も与えるものだった。湯浅の近作は現代劇が多かったので、その線の清潔さが、確かに効いていた。しかし、室町時代の京都で活躍したと言われている異能の能楽師「犬王」の物語を語る本作における線は、荒々しく、匂い立つようなのだ。もうひとりの主人公、友魚が盲目の琵琶法師であり、耳を澄まし、触り、そして匂うことで世界をとらえることも合わさって、本作は、視覚以外の部分へと大きくシフトする。その重心が立つ先こそが、身体なのだ。

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本作はミュージカル・アニメーションと銘打たれており、後半のかなりの部分は、犬王と友魚(ここではすでに友有と名乗っている)たちによるライブ・パフォーマンスが連続するし、そのパフォーマンスのなかで物語が進行していくという「異能の」構成になっている。そのライブ・パフォーマンスシーン自体の表現で特筆すべきは、「肉体を見せつける」ことだ。友魚をはじめとする琵琶法師たちは肉体を極限まで晒し、犬王もまた、呪いにより歪んだ肉体を、ハンディキャップとしてではなく利点として躍動させる。カメラもまた、その肉体へと視線を集中させる。

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過去の湯浅作品のミュージカルシーンといえば、 ──たとえば『マインド・ゲーム』(2004)を思い出してみよう ──現実離れしたサイケデリックな視覚的効果とともに描かれたり、ダイナミックなカメラワークで魅せることが多い印象だったが、本作では、カメラは犬王の身体という現実をまるで記録映像のように凝視する。カメラの期待を一身に集める犬王は、身体ができることを突き詰める。その踊りには、人類の身体表現の歴史が凝縮される。いわゆるダンスの領域だけに留まることなく、フィギュアスケートや(競技としての)体操、陸上などのアスリートたちの歴史も見え隠れる。湯浅の愛する古典的なアメリカン・カートゥーン ──初期ディズニーやテックス・アヴェリー ──の引用もある。人間の身体表現の博覧会のように、犬王の身体は動く。

もうひとつ本作のパフォーマンスシーンをユニークにする要素があるとすれば、犬王たちのパフォーマンスを見る身体たち──観客のレスポンスがしっかりと記録されているところである。犬王たちの前代未聞の演技を目撃した観客たちは、口コミでその評判を広げる。六条の橋の下で繰り広げられる「くじら」のパフォーマンスは、大規模なコール・アンド・レスポンスを観客に要求する。パフォーマンス中には何度も、熱狂の渦に巻き込まれる観客たちの姿がしっかりと映される。

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熱狂するのは生身の身体だけではない。犬王の肉体は、成仏できない平家の魂たちが群がり、成仏する場所でもある。どのパフォーマンスも、成仏した平家の魂たちが起こす犬王の身体の爆発によって終わる。パフォーマンスをする犬王の身体を中心に、熱狂の渦が生まれていくのだ。『犬王』を見ていると、黎明期のロックフェスの記録映像を見ているように感じられる瞬間がある。それは、あえて時代錯誤的に室町時代にそぐわない音楽を響かせることで、いまの時代からは見えなくなってしまった「ありえた」人間の可能性を示すとともに、名もなき人々が身体を寄せ合い、魂を爆発させていた「場」をこそ、私たちの目の前に浮かび上がらせたかったからなのではないかと思えてくる。私たちの体は、沸騰し、憑依され、そして融合して爆発するのだということを伝えるために。

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湯浅政明の近作は、様々な身体を描いてきた。『夜は短し歩けよ乙女』(2017)や『夜明け告げるルーのうた』(2017)におけるフラッシュ・アニメーションの活用による平面的かつダイナミックに伸びる身体。『DEVILMAN crybaby』(2018)や『日本沈没2020』(2020)における様々なルーツが混じり合う単純化されない肉体、『きみと、波にのれたら』(2019)におけるクリスタルのように輝く身体、そして『映像研には手を出すな!』(2020)における熱狂し躍動する身体。

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犬王の体には、そのすべての要素が入り混じっているように思える。ダイナミックで、混じり合い、凝縮されて、熱狂して迸り、そしてモノとしても確かに存在するような身体だ。いっぽうで面白いのは、犬王の身体は、物語の序盤における怪物的な状態を次第に外在的なものから内在化させていくということである。これまでの湯浅作品が、固定されたフォルムを爆発的に流動化させる方向に向かっていたとすれば、本作はそのプロセスを逆に辿るというわけだ。それにより、様々な可能性が凝縮され、眠らさせたものこそが、私たちの身体であると伝えるのだ。

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『犬王』は、私たちの身体をこそ異能に拓くことを誘う。『犬王』にもし身体の感覚を揺さぶられたとしたら、私たちがすべきことは、少しだけ自分の身体の感度を高め、チューニングを変えることで、自分自身の身体を異能へと解放していくことである。そして、犬王が平家の魂たちの存在に気づいたときのように、いままで見えていなかったものたちを、感じ取ることである。少し身を委ねるだけでも、歴史は背負いうるし、過去の熱狂の残滓を聞き取ることもできる。いまここに残っているものだけに縛られる必要はないと気付き、少しばかりの熱狂と興奮、そして自由を手に入れることができるのだ。


『犬王』
5月28日(土)より全国ロードショー
配給:アニプレックス、アスミック・エース
原作:平家物語 犬王の巻」古川日出男著/河出文庫刊
監督:湯浅政明 脚本:野木亜紀子 キャラクター原案:松本大洋 音楽:大友良英
声の出演:アヴちゃん(女王蜂) 森山未來 柄本佑 津田健次郎 松重豊
アニメーション制作:サイエンスSARU

https://inuoh-anime.com/


土居伸彰 

土居伸彰 

どい・のぶあき 1981年東京生まれ。株式会社ニューディアー代表、新千歳空港国際アニメーション映画祭フェスティバル・ディレクター、ひろしま国際平和文化祭「ひろしまアニメーションシーズン」プロデューサー。ロシアの作家ユーリー・ノルシュテインを中心とした非商業・インディペンデント作家の研究を行うかたわら、AnimationsやCALFなど作家との共同での活動や、「GEORAMA」をはじめとする各種上映イベントの企画、『ユリイカ』等への執筆などを通じて、世界のアニメーション作品を広く紹介する活動にも精力的に関わる。2015年にニューディアーを立ち上げ、『父を探して』など海外作品の配給を本格的にスタート。国際アニメーション映画祭での日本アニメーション特集キュレーターや審査員としての経験も多い。著書に『個人的なハーモニー ノルシュテインと現代アニメーション論』、『21世紀のアニメーションがわかる本』(いずれもフィルムアート社)、『私たちにはわかってる。アニメーションが世界で最も重要だって』(青土社)など。