公開日:2024年3月15日

「アートは不完全」。フィリップ・パレーノのアジア最大規模の個展が韓国・ソウル リウムミュージアムにて開催中

女優、言語学者、パフォーマーらとコラボレーション。展示は7月7日まで開催

フィリップ・パレーノ 「VOICES」 展示風景 撮影:編集部

フィリップ・パレーノのアジア最大規模の個展

韓国・ソウルにあるリウム・ミュージアムで、フィリップ・パレーノの個展「VOICES」が2月28日より始まった。リウム・ミュージアムは韓国の大企業「サムソン」の私設美術館。海外有名アーティストの個展など企画展のほか、古美術・国内外の現代アーティストのコレクションも充実した、韓国で非常に重要な美術館のひとつだ。

中央にそびえ立つ塔状のオブジェが本展のメイン作品《Membrane》

フィリップ・パレーノは、光・音・映像など多様なメディアを用い、知覚や体験に揺さぶりをかけるフランス人アーティスト。「VOICES」展は2024年に20周年を迎えたリウム・ミュージアムの開館記念展で、パレーノのアジア最大規模の個展だ。担当キュレーターはリウム・ミュージアムの副館長であるキム・ソンウォン。

パレーノ作品の代名詞とも言える雪だるま型の作品

世界の終わりに「声」が響く場

「VOICES」展は屋外デッキ、館内ロビー、M2、Black Box、Ground Galleryなど6つのスペースにまたがる大規模な個展である。屋外デッキにそびえ立つ、13.6mの巨大な塔状オブジェが本展のメイン作品《Membrane》。《Membrane》は周辺の天気や温度、振動、大気汚染などを感知し、データ信号を生成、データは独自言語《∂A》の声へと変換され、それが展覧会の中に配置されたあらゆる装置から発せられている。この《Membrane》について、パレーノは「型破りな認知能力を持つサイバネティック・キャラクター」と表現している(エスター・シッパー・ギャラリーのインスタグラムより)。

M2展示風景

《Membrane》から送られる複雑な情報により、「VOICES」の展示空間はそこかしこで声や音が溢れ、光が明減している。「VOICES」の展示会場を歩きまわることは「展覧会を鑑賞する」というよりは演劇や音楽ライブを見る体験に近い。

フィリップ・パレーノ With a Rhythmic Instinction to be Able to Travel Beyond Existing Forces of Life 2018 LEDパネル、Mac mini、スピーカー、アンプ、粉体塗装スチール Courtesy of the Philippe Parreno and Pilar Corrias, London

本展は、パレーノが頭角を表し始めた1990年以降の個々の作品を時代順に集めたたんなる回顧展ではない。館のリリースによると経験の場としての「展覧会」。その瞬間そこでしか体験できない内容、つまり従来の展覧会の枠組みに疑義を投げかける構成となっている。筆者が訪れた日は展覧会が始まったばかりのタイミングだったが、じつに多くの人が思い思いにその場を体験していた。

M2にあるピアノ作品。時たま音が鳴り、その上にオレンジの溶けない雪が降り注ぐ
《Moving Lamp》(2024)と魚型バルーン

ジャン・ヌーヴェルが設計したM2に入ると、展示室はオレンジ色の光に包まれ、ランダムに響くピアノの音、ノイズが響いている。「世界の終わり」をイメージして作られた場には、土混じりの雪だるまが数体鎮座し、カラフルな魚の風船が無数に宙を浮遊し、溶けない雪山が展示室の壁に沿うように置かれ、3つのランプが強い白い光を発しながら動いている。

魚型バルーン。空間の上にも下にもふわふわと漂よい、鑑賞者は触れることができる
展示風景

M2の2階にあがると、爆音のエレキギターの音とともにディストピア感溢れる映像作品があり、その場を圧倒している。

展示風景

この展覧会のために特別に美術館から依頼され作られた独自言語《∂A》は、韓国人女優のペ・ドゥナ、人工言語創作者のデヴィッド・J・ピーターソン、ジェシー・サムズとコラボレーションで制作された。

パレーノは「声」について以下のように述べている(本展プレスリリースより)

「ある物体に声を与えるということは、その対象が石であれ、忘れられた架空の人物であれ、子供たちであれ、幽霊であれ、精霊であれ、その主体性を与えることである。声を出すということは、その独自性を評価することである。物体は主体への移行を切望している。

会場風景より、フィリップ・パレーノ《∂A》(2024))。キャラクターのアンリーが韓国語でささやきを繰り返す
展示風景

レム・コールハース設計のBlack Boxでは、《Protomarquee》から発せられる巨大なノイズと光の点滅を、まるでそこが映画館かのように観客が座って鑑賞していた。

フィリップ・パレーノ Protomarquee 2016-2024 ホワイトピクセルグラス、鋼鉄、電球、調光器 寸法可変 Courtesy of the Philippe Parreno

アートは不完全。唯一無二の体験の連続

無数の風船と動く白い壁、灯りがそこかしこで煌めくGround Galleryで、パレーノはアーティストのティノ・セーガルとコラボレーションし、パフォーマーたちを常駐させた。撮影禁止のこのパフォーマーたちも言葉にならない声を発しながら、会場を奇妙な動きでランダムに横断している。

左手の円形の作品はフィリップ・パレーノ《Clock》(2020) 透明なプレキシガラス、モーター、ベルト 160×168×20cm  Courtesy the Artist; Gladstone Gallery and Esther Schipper, Berlin/Paris/Seoul
展示風景

「アートは不完全」と語るパレーノ。ソウルのリウム・ミュージアムでしか経験できないすべての瞬間は、7月7日までの展示が終わると2公式HP度と再現することはない。本展は、アートと鑑賞者、作品と空間、そして展覧会を見る方法や姿勢を鑑賞者に問いかけている。

本展の様子はTokyo Art BeatのYouTubeチャンネルから動画で見ることができる。音や光を追体験したい方はご覧いただきたい。

フィリップ・パレーノ「VOICES」
会場:リウムミュージアム
会期:2月28日〜7月7日
展覧会公式ウェブサイトhttps://www.leeumhoam.org/leeum/exhibition/76?params=Y

諸岡なつき

諸岡なつき

もろおか・なつき 「Tokyo Art Beat」マネージャー