公開日:2022年12月22日

『呪術廻戦』に『チェンソーマン』ヒット連発スタジオ「MAPPA」躍進の理由とは?

日本のアニメ界でいまもっとも注目されているスタジオ「MAPPA」。現在放送中の『チェンソーマン』をはじめ、『呪術廻戦』『進撃の巨人 The Final Season』『ユーリ!!! on ICE』『BANANA FISH』『賭ケグルイ』『この世界の片隅に』などを世に送り出し、ヒットを連発している。なぜこれほど人気を集めているのか、アニメーションビジネスの研究を行うジャーナリストの数土直志が解説する。

アニメ界の最前線に立つ:MAPPAが目指すスタジオのかたち

「チェンソーの悪魔」と契約し、公安本部でデビルハンターとして悪魔を駆る少年デンジ。予想もできない展開と激しいアクション、大胆なバイオレンスシーンも交えつつ世界中で熱狂的なファンを持つ人気マンガ『チェンソーマン』だ。藤本タツキが2019年より『週刊少年ジャンプ』で連載開始し、2022年10月からはTVアニメ化。映像の高い完成度でファンを驚かせ、人気もさらに拡大中だ。

本作のアニメーション制作を担当するのが東京・杉並に拠点を構えるMAPPAである。2011年設立とその歴史は決して長くないが、いま日本でもっとも注目されているアニメスタジオのひとつだ。

近年の制作タイトルには、記録的な大ヒットとなった『劇場版呪術廻戦 0』や人気シリーズの完結編『進撃の巨人 The Final Season』、男子フィギュアスケートを舞台に女性ファンから絶大な支持を受けた『ユーリ!!! on ICE』、さらに『BANANA FISH』『賭ケグルイ』などが並ぶ。次々に数々の話題作、ヒット作を生み出すから、作品だけでなく制作スタジオのMAPPA自体にもファンの注目が集まる。

だからこそ2020年12月の『チェンソーマン』アニメ化決定と制作会社MAPPAの発表にファンは歓喜した。「あのMAPPAがチェンソーを作る!」というわけだ。実際に発表されたPVで映しだされた映像は、繊細かつ大胆なアクションとカラっとした空気感、少しばかり不穏な雰囲気が作品の世界観を見事に映しだしていた。ファンの期待は高まり、そしてこの秋からの本編放送開始では、MAPPAはその期待にたっぷりと応えた。

「ハイクオリティ」「斬新な企画」「豊富な制作体制」 MAPPAの強み

MAPPAの作品が人気の理由に、"確かなクオリティ"がある。アニメ作品では、しばしばクオリティの高さが話題になる。アニメにおけるクオリティの高さの定義は難しいが、それは大きく分けてしまえばひとつは鑑賞者の目に映る「キャラクターなどのデザインの魅力」、「心地よい動き」、「美しい背景美術」、「撮影や効果」といったビジュアル面。もうひとつは“物語の組み立て方”である。「心を動かすシナリオ」や」「ストーリーを運ぶ演出」などだ。

MAPPAの作品では、制作に参加する才気あふれるスタッフたちにそれらが支えられている。『この世界の片隅に』の片渕須直監督、『ユーリ!!! on ICE』『呪術廻戦』でキャラクターデザイン・作画を務めた平松禎史といったベテランから『ユーリ!!! on ICE』の山本沙代監督、『呪術廻戦』の朴性厚監督、『進撃の巨人 The Final Season』の林祐一郎監督と実力派から時代を代表するスタッフが並ぶ。

もうひとつの強みは企画の面白さだ。初期の代表作『坂道のアポロン』は、文芸的な趣むきのあるマンガ原作を情感豊かに描いた。ホラーテイストのダークファンタジー『ドロヘドロ』、オリジナル企画の『ユーリ!!! on ICE』『ゾンビランドサガ』など、人気作の多さとは裏腹に、MAPPAは必ずしも王道や売れ筋な題材だけでなく、挑戦的な企画を制作する。そしてそれらを成功させている。企画を見定める眼の確かさが特徴だ。

『チェンソーマン』にしても、人気原作だから、話題作だからと、それだけでMAPPAはアニメ化権の獲得をしたわけでない。いまこの時代にMAPPAがアニメーション制作すべきとの作品との強い思い入れがそこにある。その思い入れこそが、作品の完成度を高くする理由でもある。

もちろんスタジオが制作する作品は、必ずしもスタジオの自主企画ばかりでない。むしろ外部から持ち込まれた企画を受注して制作することが大半だろう。
しかしヒットメーカーであること、高いクオリティで制作するタジオであることでの名前が知られると、多数の制作案件が持ち込まれる。そうなれば制作費用の大小だけでなく、企画内容も吟味できる。受注の選択の幅も広がり、数ある持ち込み企画のなかからどの作品が自社、自社スタッフにもっとも相応しいのかと考えることができる。それがMAPPAらしさをさらに強化して、スタジオの評価も引き上げる。

さらに忘れてはいけないのが、MAPPAの制作生産能力の高さだ。クオリティの高い映像と演出で人気の高いスタジオはMAPPA以外にも存在する。いまなら『鬼滅の刃』のufotable、『プロメア』や『キルラキル』のトリガー、さらに京都アニメーションといったスタジオも名前が挙がるに違いない。

これらのスタジオとMAPPAの大きな違いは、同じ期間に制作出来る作品タイトルの数の違いだ。クオリティ志向とされるスタジオの規模は、必ずしも大きくない。ラインと呼ばれる制作チームは会社内に数本、一年間の発表される作品数もTVシリーズ、劇場映画も含めて数タイトルに過ぎない。そうしたスタジオは高いクオリティを維持するためにあえて会社の規模を短期間に大きくせず、制作本数を絞り込んでいる。

いっぽうのMAPPAは制作体制の拡充に積極的だ。現在の社員総数は300名以上、さらにプロジェクト契約スタッフもいるとし、その規模はすでに歴史ある大手スタジオに迫るほどまでになっている。最近は年間に10タイトル近くもリリースすることがある。2018年に仙台スタジオを設立、2019年には片渕須直監督作品を制作するコントレールを設立、2023年にはCGを中心とした大阪スタジオの始動する予定だ。制作本数の拡大は、作品のジャンルの幅を広げ、多様性のあるクリエイティブも実現する。

アニメビジネスの変革者になるか?『チェンソーマン』が業界に与えた衝撃

MAPPAへの高い注目は、ファンからだけに限らない。とりわけ『チェンソーマン』のMAPPAによるアニメーション制作決定は、アニメ業界を騒然とさせた。本作の権利表記が「©︎ 藤本タツキ/集英社・MAPPA」となっていたことが理由だ。権利表記は著作権の持ち主や作品の出資者を示す。アニメ製作では一般的に、ここに製作委員会がよく表記される。製作委員会は、複数の企業がお金を出し合い資金リスクも、権利も分担し合う仕組み。いわば投資組合だ。

ところが『チェンソーマン』の表記にあるのは、原作者と出版元の集英社、ほかは「MAPPA」のみ。『チェンソーマン』の製作資金はMAPPAが一社で全て引き受けているのだ。権利管理から権利運営も全てMAPPAの仕事だ。

昨今は脱製作委員会の流れもあり、一社出資は決して珍しいわけでない。それでもそれは歴史ある大スタジオや資本力のあるメーカーや大企業の話。創業から11年目、アニメ業界では新興の位置づけのMAPPAが、いまや業界が権利獲得を巡って競いあう『少年ジャンプ』連載の人気作品のアニメ化権を一社出資で獲得したのはビッグニュースなのである。

短期間で築かれた新しいスタジオの仕組み

MAPPAがほかのスタジオとやや異なるのは、誕生の経緯にもある。クリエイティブの原点は創業者で初代代表取締役の丸山正雄から受け継がれている。丸山はマッドハウスの創立メンバーのひとりで、プロデューサー、経営者としてマッドハウスを支えてきた。丸山は長年名プロデューサーとして数々のヒット作・傑作を企画・制作して世に送り届けただけでなく、才能の発掘でも名伯楽ぶりを発揮してきた。

現在MAPPAで活躍するスタッフにも、丸山の人脈は色濃く残っている。『ユーリ!!! on ICE』の山本沙代はマッドハウス出身だし、『呪術廻戦』の朴性厚も早くから丸山がその才能に目をつけて声をかけたという。

2016年に代表取締役が若手の大塚学に交代することで、MAPPAに新たな色が加わる。スタジオ4℃で制作プロデューサーとして経験を重ねてきた大塚は、これまでのクオリティの高さに加えて、制作本数の拡大も志向する。

自社企画の作品だけでなく持ち込み企画にも積極的に対応し、時には『進撃の巨人』『ヴィンランド・サガ』のように他社スタジオで制作していた人気作品の制作を引き継ぐケースもある。これによりMAPPAはわずか10年で、巨大な総合スタジオの規模を実現した。

MAPPAの公式サイトにはスタジオのミッションとして、「クリエイターの独創性を重視した作品制作」と並び、「制作環境の充実、内製の強化、各工程の教育体制の構築、品質へのこだわり、生産性の向上」が掲げられている。作品のクリエイティブの実現と同時に、安定した環境で制作を持続するスタジオ運営にも目を向ける。

さらに近年の大きな変化が、ライセンスビジネスサイドへの進出だ。こちらはフジテレビで「ノイタミナ」枠のアニメを手がけた木村誠が2018年にMAPPAに参加したことがきっかけだ。アニメーション制作だけでなく、制作したものをどのように世に送り届けるかを考える。

ライツ事業部も設けて権利管理運用、商品企画からイベント企画運営や広報・宣伝までを自社内でこなせる体制を構築する。それを実現するための製作資金調達の仕組みづくりをし、2020年に配信大手のNetflixと業務提携のパートナー契約を結んだのもそのひとつ。配信会社の豊富な投資資金を前提に、クオリティの高いアニメの企画・制作を目指す。
こうしたビジネス面での新たな動きの延長線上に『チェンソーマン』があった。MAPPAが中心となりアニメーション制作もライセンス運用も取り回し、ぶれることなくアニメ『チェンソーマン』の世界を作り込む。

逆になぜそれが『チェンソーマン』だったのか。そこにはMAPPAの『チェンソーマン』に対する強い想い入れがあったことが理由だろう。この作品であればすべてのエネルギーを注ぎ込みたいという気持ちの強さだ。クリエイティブとビジネスが固く結びつきながら成長を続ける、これこそがMAPPAの強さの秘密なのだ。

MAPPAを知るうえで見逃せないターニングポイント作品

最後に、MAPPA制作で見逃せない4作品を紹介する。

『坂道のアポロン』(2012)

初期の代表作と言えば、『坂道のアポロン』だ。小玉ユキのマンガを原作に、ジャズを通じて知り合った男子高校生の薫と千太郎の友情を文学性の高い青春ドラマとして映像化した。第7話の学園祭での即興ライブは、軽やかなピアノの演奏と力強いドラムでドラマのクライマックスを盛り上げた。アニメ史の残る名シーンである。手塚プロダクションと共同制作ではあるが、挑戦的な企画・題材はアニメスタジオMAPPAの存在を強烈に意識させることになった。

『この世界の片隅に』(2016)

第二次大戦前後の広島に生きた女性すずの半生を描く。片渕須直監督により緻密に調査・計算された映像は全く隙がない。まさに完璧な完成度だ。世界各国で絶賛され、数々の賞に輝いた。小規模公開からスタートし、劇場興行収入は27億円と商業的にも成功を収めている。

『ユーリ!!! on ICE』(2016)

崖っぷちのフィギュアスケーター勝生勇利が世界選手権優勝のヴィクトルをコーチにすることで復活、そして成長していくスポーツアニメ。「オリジナル原作」、「作画の難易度の高いアイススケートが題材」と挑戦的な企画であったが、そんなハードルを乗り越えた華麗なスケートシーンが視聴者の目を奪った。若い女性を中心に熱烈な支持を受け、スタジオの新たなファンを獲得した。

『劇場版 呪術廻戦 0』(2021)

言わずと知れた大ヒットアニメ。テレビシリーズの人気を受け登場した劇場版は、シリーズの前日譚になる。興行収入138億円は国内歴代第14位。その知名度はもはや国民レベルである。本作によってMAPPAの名前は2020年代を代表するスタジオとして間違いなく歴史に残るだろう。

数土直志

数土直志

すど・ただし ジャーナリスト。アニメーション関する取材・報道・執筆を行う。またアニメーションビジネスの調査・研究をする。「デジタルコンテンツ白書」アニメーションパート、「アニメ産業レポート」の執筆など。大手証券会社を経て、2004年に情報サイト「アニメ!アニメ!」を立ち上げ編集長を務める。2012年に運営サイトを(株)イードに譲渡。2016年7月、イードを退社。著書に「誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命 」(星海社新書、2017)「日本のアニメ監督はいかにして世界へ打って出たのか?」(星海社新書、2022)。