公開日:2017年6月30日

鑑賞者ひとりひとりが、作品とそして自分自身と向き合う体験

「MOMATガイドスタッフによる所蔵品ガイド」レポート&ガイドスタッフ・山縣青矢さんインタビュー

「企画展のチケットで、所蔵作品展示もご覧いただけます。」
そう言われ、東京国立近代美術館(MOMAT)の企画展を見に来たときに立ち寄った所蔵作品展。そこにあるのは、美術館が誇りを持って紹介する所蔵品たちです。3フロアに渡る展示室内には、ピカソ・奈良美智・古賀春江など、多様な近代芸術家たちによる洋画・日本画・彫刻・映像・写真作品等が並びます。バラエティー豊かで、何度訪れても楽しめる所蔵作品展。そこでは、開館日毎日14:00から「MOMATガイドスタッフによる所蔵品ガイド」というイベントが行われています。

「MOMATガイドスタッフによる所蔵品ガイド」
参加者はボランティアのガイドスタッフと共に、所蔵品の中からガイドスタッフによって事前に決められた3作品を対話しながら鑑賞します。今回は取材のため、6月某日TABチームのために特別にガイドを行って頂きました。ガイドしてくださったのは、現在ガイドスタッフ内で最年少、現役大学生の山縣青矢(やまがたせいや)さん。記事後半では、山縣さんにインタビューを実施。ガイドツアーの魅力や、ガイドをされるうえでの想いなどを伺いました。

ガイドツアーレポート
14:00 ロビー集合
今日紹介する作品とツアーのテーマについて等、山縣さんからのご挨拶を聞きツアーはスタート。

「美術館でこんなに話せる機会はなかなか無いと思うので、ぜひたくさん話してください。」と挨拶する山縣さん。

ーー参加者に求められるのは、作品の知識よりも想像力

14:05 3階に移動。最初の作品は、国吉康雄《誰かが私のポスターを破った》(1943,寄託作品)
やや目線の下がった女性が中央に描かれ、その後ろには破られたポスターのようなものが描かれているこの作品。「この絵の中に何が見えますか?」という山縣さんの問いかけから、「女性の頭の上に乗っているものが手に見える」「悲しそうな目をしている」「この女性は子供を見ているのだと思う」など様々な意見が飛び交い、ときには笑いも。山縣さんから作家についての解説や、この絵の描かれた時代背景の話も伺いつつ、絵の中の物語を参加者全員で想像してみます。

参加者は各々好きな位置から、作品をじっくり鑑賞します。
山縣さんが持っているのは、背景に描かれているポスターの原画資料。絵の中では見にくかったり、描かれていない部分を確認することができました。

ーー抽象画、みんなで見れば怖くない

14:30 4階に移動。次の作品は、ジャクソン・ポロック《無題(多角形のある頭部)》(1938-41)
一見何が描いてあるのかわかりづらいこの作品。「大きいイチゴ?」「男性と女性が二人いる」など、参加者のそれぞれの着眼点から何が描かれているのか読み解きます。山縣さんは「どのあたりがイチゴに見えますか?」と、参加者の声に反応します。話題は「どの角度から見るとしっくりくるのか」ということに。山縣さんは持っていた図録を回して色々な角度から作品を見せます。すると「縦だと胸に見えているところが、横にしてみたら腕に見える」という意見も。

ーー見慣れたはずの作品が、いつもと違って目の前に現れる

14:45 2階に移動。最後の作品は、アントニー・ゴームリー《反映/思索》(2001)
2002年から展示されているこの作品。ガラス窓を挟むように、二体の人型の像が向かい合っています。室内の像を観察した後に、屋外の像を見てみると二つの色が異なることに目がいきます。よく見ると、屋外の人像は雨風の影響で錆付いていたり、蜘蛛の巣が付いています。「経年変化も見せたいという作家の意図で、錆は落とされないようになっているんです。」という山縣さんからの説明に参加者も感心しているようでした。

本日のガイドはこの作品の前で終了。参加者からは「何度も見ている作品だけれど、新鮮な驚きがあった。」などの感想がありました。このようにひとつの作品の前にしばらく立ち、眺め、描かれているものや作品の状態を言葉にして共有するという時間は、普段なかなか体験することがないのではないでしょうか。

しかしなぜ、MOMATではこのような対話型のガイドが毎日実施されているのでしょうか。そしてガイドスタッフはどのような想いでツアーを行っているのでしょうか。

ガイドスタッフ・山縣青矢さんインタビュー

スタッフの皆さんは、知識も作品への愛もあって、作品のいろんな見方を提案できる人たちだと思う。

ーー本日はガイドありがとうございました。早速ですが、ガイドの準備はどのように行っていますか?今日のガイドでは原画や図録など、鑑賞を深めるアイテムも使われていましたよね。
僕の場合は、自分がガイドを担当する日から逆算して準備を始めます。まず会期がはじまったら展示室を見て作品を選びます。前に一度ガイドしたことのある作品だったり、新たに挑戦してみるものもあります。それから、その作品について資料を集めて勉強します。観察して特徴を捉えたり、関連図書を読んでみたり、画材や作家のバックグランドを一から調べます。また今日使ったポスターの原画はガイドスタッフルームにあったものです。ガイドの皆さんがこれまで集めてくださった資料が、作家ごとに分けられてそこに保管されています。

ーーガイドスタッフ皆さんの力によって、このガイドは成り立っているんですね。
スタッフは大学院生や主婦の方、社会人の方など様々です。今のところ21歳の僕が最年少です。スタッフの皆さんは、本当に美術が好きなんです。美術館が、作品が、作家が、そして勉強が好き。知識も作品への愛もあって、作品のいろんな見方を提案できる人たちだと思います。ボランティアまでして美術に関わりたいと思う方たちと触れ合うことができて、良い刺激になっています。

ーー様々なバックグラウンドを持った方々と、美術という共通点を持って関われる良い環境ですね。ところで、ガイドスタッフをやってみようと思ったきっかけは何ですか?
「もっと美術に関わりたい」という思いから始めました。大学生になって現代アートが好きになり、美術に関わるために身近にはじめられることが僕にとってボランティアでした。まず、2014年の横浜トリエンナーレで団体客向けの解説ボランティアをやり、翌年は横浜美術館のボランティアとして活動しました。そしてここでのガイドは2015年11月ごろに募集があり、書類選考と面接を経て採用して頂きました。東京国立近代美術館が大好きなので、決まった時はうれしかったです。

ーー何度かボランティアの経験があった山縣さんですが、ガイドスタッフとして活動することが決まってからは、どのようにデビューしていったのですか。
はじめは約3ヶ月間研修を受けました。ここでのガイドの趣旨や、ガイドの仕方のレクチャーを受け、何度か課題としてガイドを行い、修了発表に合格すればデビューです。僕は最初、見事に落第しました(笑)。

ーーそうなんですか!その後合格されて、今こうやってご活躍されているわけですね。

よく話す人からも無口な人からも、なるべくそれぞれのお話を引き出したい。

ーーガイドスタッフとして様々な作品や人と触れ合っている山縣さんですが、ずばりこの「所蔵品ガイド」の魅力はなんだと思いますか?
参加者同士の対話を通じて、作品の持っている可能性が広がる点が魅力だと思います。対話型は人との関わりのなかで見ていくので、個々の見方や考えが入り混じり、自分ひとりで見ていたときには気付けなかったものに出会えます。他の人の意見から視野が広がったり、「私はこの作品が好きなのになんであの人は嫌いなんだろう」など反対の意見とも出会えます。
それから、ひとつの作品に時間をかけて向き合うという経験をしてもらえるだけでも、価値のあることだと思います。東京には情報が溢れているし、展覧会もたくさんあるので、僕自身も美術館に行くとすぐ次の作品に向かってしまいがちです。そんな中で、このガイドの時間はひとりひとりが作品と、そして自分自身と向き合う時間を持てる貴重な体験になると思います。

ーー私もこのガイドに参加して、こんなに長くじっくりと作品を見たのは久しぶりだなと思いました。
ガイドスタッフとしては、参加者が作品をきっかけに対話をはじめて、知らない人同士の間につながりが生まれるのを見られるとうれしいです。それからガイドスタッフによって紹介する作品もやり方も異なるので、一時間だけの付き合いではありますが、担当者個人の色や特徴があらわれる一時間だと思います。

ーーなるほど。ガイドの個性は様々とおっしゃっていましたが、山縣さんはどんなガイドを目指していきたいですか?
どんな人が来ても、対等な場で、かつ色々な話を引き出せるガイドをしたいです。あまり興味のない人、時間があったらから来た人、喋りたくて来た人、美術にあまり詳しくない人、美術が大好きな人など、参加してくださる方は様々です。よく話す人からも無口な人からも、なるべくそれぞれのお話を引き出したいです。その方のお時間を頂いているので、相応しい体験を提供できたらと思っています。それとガイドスタッフの中で今のところ最年少なので、フレッシュさも出していきたいです。でもたまに30代近くに間違われます……。


「同世代の参加者は少ないので、参加してもらえるきっかけを作っていきたい。」とも語って下さった山縣さん。ガイドレポートとインタビューを通して、芸術、そして芸術を介したコミュニケーションに真摯に向き合う姿勢を感じました。ぜひみなさんもMOMATに足を運び、所蔵作品展やガイドスタッフさんの個性に注目してみてください。そして、作品と、自分自身と向き合う時間を味わってみるのも良いのではないでしょうか。所蔵作品展は、開館日いつでもあなたを待っています。

MOMATコレクション
会場: 東京国立近代美術館本館所蔵品ギャラリー(4F〜2F)
会期: 〜11月5日(日)
開館時間: 10:00〜17:00(金曜日・土曜日は20:00まで)、企画展「日本の家 1945年以降の建築と暮らし」会期中(7月19日~10月29日)の金曜・土曜は21:00まで ※入館は閉館30分前まで
休館日: 月曜日
料金: 一般 500円(金曜日・土曜日の17時以降 300円)、学生 250円(17時以降 150円、2017年7月21日〜8月26日限定で学生無料)、高校生以下および18歳未満・65歳以上・障害者手帳をお持ちの方とその付添者1名は無料

MOMATガイドスタッフによる所蔵品ガイド
日時: 開館日毎日14:00から(約1時間)
どなたでもご参加いただけます、参加費無料、要コレクション展観覧券

【7,8月限定】「フライデー・ナイトトーク」
MOMAT サマーフェス」の一環で行なわれる、約30分の短縮版所蔵品ガイド。国内の美術館で初めて導入する、椅子を使って1作品をじっくり鑑賞するスタイルです。
日時: 7月21日〜8月末までの毎週金曜日、19:00〜 / 19:30〜(7月21日・8月25日は19:30〜のみ)
どなたでもご参加いただけます、参加費無料、要コレクション展観覧券

[TABインターン] Yuri Miyazaki: 駅伝の強い大学に通う運動不足の学生。通称ゆりえる。歌と芋とプラナリアが好き。東京都美術館と東京芸大による「とびらプロジェクト」の6期生。

TABインターン

TABインターン

学生からキャリアのある人まで、TABの理念に触発されて多くの人達が参加しています。3名からなるチームを4ヶ月毎に結成、TABの中核といえる膨大なアート情報を相手に日々奮闘中! 業務の傍ら、「課外活動」として各々のプロジェクトにも取り組んでいます。そのほんの一部を、TABlogでも発信していきます。