『ピンク!これがじぶんのいろ』『むらさき!これがじぶんのいろ』『あお!これがじぶんのいろ』 絵・文=スコット・スチュアート 訳=なかじま じゅん 監修=認定NPO 法人ReBit ゆまに書房 各2500円+税
『ジェンダー平等と公平についてのおはなし』(ゆまに書房)は、オーストラリアの絵本作家スコット・スチュアートによる3冊の絵本『ピンク!これがじぶんのいろ』『むらさき!これがじぶんのいろ』『あお!これがじぶんのいろ』をまとめたものである。『ピンク!これがじぶんのいろ』はドナルド・トランプに文句をつけられ、『むらさき!これがじぶんのいろ』もマレーシアで検閲を受けたといういわくつきの絵本である。
いったいどんな過激な絵本なのかと思うかもしれないが、内容は子供が生活のなかで直面する偏見や悩みをかわいらしくカラフルな絵で描いたものだ。文句をつけるようなところはまったくない。子供に自分らしくしていていいんだよ……と伝える、穏当な内容である。
どの作品も色が自分らしさを象徴する要素として描かれており、女の子はピンクが好き、男の子は青が好きなはず……という色とジェンダーに関するステレオタイプを問い直している。色のジェンダー化は日本でもよく見られ、「ダサピンク」などという言葉もあるのですんなり理解できると思われるが、英語圏特有の文化にもとづいているところもいくつかあり、そこはやや日本の読者にはわかりにくいかもしれない。たとえば英語には‘true colors’(トゥルー・カラーズ、「真の色」)という表現があり、これは「本性」を意味するので、一人ひとりの人に色があるというこの本の発想は英語の発想としてはわかりやすい。シンディ・ローパーの大ヒット曲「True Colors」はこの表現をもとにしており、自分にはあなたの本当の性格がわかっており、そのままのあなたが好きだ……という内容で、LGBTQ+コミュニティでアンセムとして絶大な人気を誇っている。また、ダンスや演劇、ファッションなどに関心を持つことが「男性らしくない」趣味として出てくるが、これはアメリカやオーストラリアなどでは比較的強いと思われる偏見であるものの、日本ではそこまででもないかもしれない。

『ピンク!これがじぶんのいろ』は著者が幼い息子の経験からヒントを得て描いた作品だそうで、ピンク色の影を持っているどうやら現在は男の子として暮らしていると思われる小さな子供の物語だ。「どうやら現在は男の子として暮らしていると思われる」というのは、主人公のジェンダーも性的指向もあまりよくわからないからである。本人は周りから「男の子らしい」ことを押しつけられて居心地の悪い思いをしており、最後はドレスを着てお出かけする。そうなるとトランスジェンダーの女の子かゲイの男の子なのか……と思うかもしれないが、典型的に「男の子らしい」とされているものが苦手な子であっても、必ずしもジェンダーアイデンティが女の子だったり同性を好きになったりするわけではない。この絵本はそういうところをあえて曖昧にしているが、まだ小さい子供にとってはそれがよくわからないことも多いと思われるため、リアルだと言える。自分のジェンダーや性的指向を模索中の人のことをクエスチョニングと言うが、この状態にある人は意外と多い。この子がゲイだろうとトランスジェンダーであろうとそうでなかろうと、ドレスが好きでいいし、周りの大人がそれを応援するのが大切だ……という内容だ。

『あお!これがじぶんのいろ』は、スポーツが大好きで青い影を持っている黒人の女の子の物語だ。主人公はかけっこで女の子を差別する先生に向かって「なんでおんなのこがわざとまけておとこのこをかたせてあげないといけないの?」と抗議しており、自分は女の子だと考えているように見えるので、『ピンク!これがじぶんのいろ』の主人公よりはジェンダーアイデンティティがはっきりしている。この作品が3作のなかではいちばん、登場する大人である学校の先生の態度がひどく、学校教育のなかで子供に押しつけられるジェンダーバイアスを手厳しく批判していると言える。非白人ということで人種の点でも少数派でもある女の子が男の子優遇に対抗する、ちっちゃなフェミニストの物語だ。

『むらさき!これがじぶんのいろ』はノンバイナリー、つまり男と女という二元的なジェンダーにあてはまらないジェンダーアイデンティティを持っている子供についての話に見える……が、よく読むともう少し広い話題を扱っている。この作品も主人公は非白人で、男の子とも女の子とも遊び、多趣味で紫色の影を持っている。そういうわけで男の子と女の子に分かれるような場合に行くところがなくなってしまうのだが、ほかにもじつは赤と青以外の色の影を持っていて、それを言い出せなかった子たちがいることがわかり、どんな色でもいいじゃないか!ということになる。ノンバイナリーの子を応援する要素があるのはもちろんだが、それに限らずどんなところでも自分らしくあってよい、ほかの人にあわせようと無理をしなくてよい、ということを説いている。
この3冊は子供に自分らしさやジェンダーについて考えてもらうだけではなく、それに対応する大人の態度についても問いかけをしている。大人は子供に社会がよしとするジェンダー観を知らず知らずのうちに押しつけがちだが、子育てにおいてそれは正しい態度ではなく、子供が自分らしくありたいと思ったときはその主体性を認めてサポートしなければいけないということを示している。『ピンク!これがじぶんのいろ』の序盤では、ピンクの影を持つ子供に対してお父さんが「いまだけのことだよ」と述べ、大きくなれば男らしくなるはずだというような期待を述べるが、ジェンダーや性的指向に関して子供が真剣に考えているときに、このように一時的なものだと言ってやりすごしてしまうのは無責任だと言える。お父さんが考えを改め、最後に子供と一緒にドレスを着て出てくるところは大人が子供と一緒に成長する過程を描いていると言える。
しかしながら、日本版はこの大人が考えるための絵本という側面をやや強調しすぎているきらいもある。『ジェンダー平等と公平についてのおはなし』というタイトルが子供の興味をひくとは思えず、保護者や学校が子どものために買うことを想定しているところからしてそうだ。さらに原語のタイトルは「My Shadow Is Pink」(「じぶんのかげはピンク色」)であるのに日本語タイトルは『ピンク!これがじぶんのいろ』で「影」という単語がなくなっており、ややわかりにくいというところもある。西洋文学においては『ピーター・パン』のピーターの影のように、影が人の本性や心の隅で考えていることなどを象徴するものとして表現されることがあり、この絵本のタイトルもそれにのっとっていると思われる。このあたりはもう少しそれに即した翻訳や宣伝が必要だと言えるかもしれない。