公開日:2007年7月2日

キュレーターインタビューシリーズ1:水戸芸術館現代美術センター高橋瑞木さん

ここ数年現代美術の展覧会をみていてずっと気になっていたことがあります。それは展覧会の背景に「編集」を感じる、ということです。同時によく耳にするようになった言葉に「キュレーティング」があります。

「キュレーター」は英語の辞書によると「美術館やアートギャラリーなどでオブジェや芸術作品を受持つ仕事をする人」(OFD)とありますがその活動をさす「キュレーティング」という単語は辞書にありません。また日本ではこれまで「キュレーター」に対する訳語は「学芸員」でしたが、現在も活動の幅を広げている「キュレーター」という言葉の成長が、資格を有する「学芸員」という意味と直接的に結びつかなくなっているようです。では「キュレーター」とは何者なのか、どんな考えをもって、どんな仕事をしているのか。いつもユニークな「編集」をみせてくれるキュレーターにお話をききながら現在のアートシーンを見てみよう、というのがこのインタビューシリーズです。第1回目は水戸芸術館の高橋瑞木さんです。

高橋さんは以前、森美術館でもお仕事をされていたと聞きました。高橋さんのバックグラウンドを簡単にお聞かせいただけますか?

私は日本の大学、大学院で美術史を専攻していました。当時は村上隆さんや会田誠さんら「ネオ・ポップ」のアーティストが注目を集めはじめた時でした。ちょうど同じ頃、私自身も日本人のビジュアルアイデンティティと漫画との関係に興味を持っていたのですが、日本の大学でそういったことを研究する土壌がまだなかったので、指導してくれる教授がいるイギリスの大学に留学して論文を書くことにしました。修了後日本に帰ってきて、縁あって森美術館の設立準備室でお手伝いをすることになりました。その頃は森ビルが六本木ヒルズの建設を中心に推進していた「六本木六丁目計画」の中で、森美術館のかたちを模索し、インターナショナルアドバイザリーコミッティを編成していた時期。街をつくるという大きなプロジェクトの中で文化施設の役割を考えることができたこと、インターナショナルなネットワークに関わることで、世界のキュレーターがどういう立ち居振舞いをするのかを目の前で見ることができたことは、素晴らしい経験だったと思います。水戸芸術館の学芸員には2003年に就任し、現在に至っています。

水戸芸術館は都心から離れているにも関わらず、質の高い現代美術を紹介する国内のトップレベルの美術館のひとつとして常に注目されていますね。

水戸芸術館は財団法人水戸市芸術振興財団によって運営されている複合文化施設で、今年で開館16年目になります。現在の水戸芸術館の入館者の割合は、水戸市民3分の1、茨城県民3分の1、市外から来る人が3分の1と、非常にバランスがとれています。開館当初は現代美術を扱う美術館がまだ日本の中でも少なかったことから都市部からの入館者がも多かったのですが、近年東京に現代美術を扱う良質なギャラリーが、大きな空間を持ち、世界中のアーティストを紹介するようになってきたので、現代美術を見るためだけに時間と交通費をかけて遠方から水戸芸術館に来ていただくのは以前より難しくなっているかもしれません。運営費、事業費の多くが水戸市から補助金ですので、水戸市民から支持される公立美術館であるという役割は重要です。注目されるのは、施設をめぐるこれらの環境、諸条件の中で企画やプログラムを組み立てていくのですが、そのほとんどが自主企画で、水戸市以外からも注目される内容である、というバランスがとれているからかもしれませんね。2004年の企画、「カフェ・イン・水戸」は、水戸にある空きビルや空き部屋を複数の建築家に頼んでリノベーションしてもらった地元の青年会議所のサポートによる市民参加型の企画展。街の活気づけとしても大成功したといいます。2005年の「X COLOR: グラフィティ in JAPAN」展も美術館の外にもまだ作品が残っているものもあるというから驚きです。

この15年で水戸芸術館も、現代美術をめぐる状況も、水戸市も変わってきたと思います。美術館だけでなく街全体を使った展覧会を1ヶ月以上開催するのは、大都市の東京では制約があって難しい。水戸の街の規模だからできたと思います。街を使って展覧会をすることで、モータリゼーションと空洞化が進む街の中で人が回遊し、地元の人々も街の活気づけになることを喜んでくれるし、また我々も期待されていると感じています。またリノベーションプロジェクトに関しては、展覧会終了後、水戸の若い人たちが古い建物を使って飲食店を開いたりと、地元の人にメッセージが引き継がれた手応えがありますね。

日埜直彦「セントラルビル」(2004)
「カフェ・イン・水戸 2004」よりSCA (=PHIL, FATE, KRESS, BUTOBASK, MAKE)
「X-COLOR/グラフィティ in Japan」(2005)より

2006年7月より公開されている「ライフ」展は、高橋さんが水戸芸術館ではじめてキュレーターとして発表する展覧会だそうですね。

この展覧会の企画を作るうえで、水戸芸術館が社会と美術界の中でどういう役割を担ってきて、またこれからどういう役割を担うべきか。そして現在のアートをめぐる環境をみてどういうメッセージをキュレーターとして打ち出すべきなのかを考えました。日本でアートを考えるときに前提とする土壌が西洋とは決定的に違う日本で、日本のビジュアルカルチャーをめぐる環境がものすごいスピードで変わってきている。水戸芸術館自身もアートの概念をこわして、つくって、という傾向がある中で、もはや何がアートだか分からないという時代に私がキュレーターとしてできることは、そのカオティックな状況、カテゴリーを受け入れながら新しい美の形、多様な美のかたちをストレートに提示することだな、と考えたのです。

展覧会では現代美術のアーティストだけでなく、マンガやHIV予防運動にとりくむアクティビスト、障害を持ちながら制作活動を行う作家などがとりあげられるのですね。

ものごとが合理化していくときに、必ずその合理化の流れに反目するところが出てくると思うんですね。今のアート批評の論調ですと、グローバリゼーションの後はこうこう、と全てロジカルに説明されて、確かに読んでいて刺激的で面白いけれども、人間の表現ってそれだけじゃないでしょ?という思いがあります。人間ってなんで表現するのだろう、という素直で根本的な疑問を呼び覚ます、そういう作品を選んだと思っています。

今村花子「ライフ」展 水戸芸術館現代美術ギャラリーでの展示風景 (2006)
今村花子「ライフ」展 水戸芸術館現代美術ギャラリーでの展示風景 (2006)
撮影:富田里美

棚田、斉藤裕一「「ライフ」展 (2006) 水戸芸術館現代美術ギャラリーでの展示風景
棚田、斉藤裕一「「ライフ」展 (2006) 水戸芸術館現代美術ギャラリーでの展示風景
撮影:富田里美

ギャラリーでおこなわれた西村猛+yumによるダンスパフォーマンス「ライフ」展 (2006) 水戸芸術館現代美術ギャラリーでの展示風景
ギャラリーでおこなわれた西村猛+yumによるダンスパフォーマンス「ライフ」展 (2006) 水戸芸術館現代美術ギャラリーでの展示風景
撮影:富田里美

高橋さんにとって、キュレーターとは何でしょう?

キュレーターっていうのはアーティストと一緒で、自分で企画して展覧会をオーガナイズした時点でキュレーターって誰でも言うことは可能だと思うんですよ。(笑)日本の場合は公立美術館に勤めたいと思ったらほとんどは学芸員の資格を持ち、学士、修士以上で美術史を勉強している人、というのが要求されると思いますが、水戸芸術館は自主企画がメイン。そして企画書づくりから交渉、お金集め、カタログの制作まで、すべて担当のキュレーターが行うので、学芸員の資格よりもむしろ企画力と行動力が問われます。あとはどの職業にもいえると思いますが精神力と体力ですね。またキュレーターは作品や展覧会を観ることのプロフェッショナル。社会的な状況や、美術の状況、それらと自分の立ち位置との距離感をはかっていくうちにテーマが見えてくる。それはいろいろな作品や展覧会を実際に観ていないと見えないので、行動力やフットワークの軽さは重要だと思います。またコミュニケーション能力も大切かな、と思います。というのはキュレーターは展覧会やイベントを作家や現場の人々と話し合いながら目指す方向に作っていくことはもちろん、それらを通して作家やキュレーターのメッセージを来館者の皆さんに伝えてゆくことが大事だからです。

「ライフ」展は現在開催中(10月9日まで)

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水戸芸術館

Chihiro Murakami

Chihiro Murakami

Visual Communication Designer 武蔵野美術大学卒業後、GKグラフィックス、日本デザインセンターを経て2002年渡英。ロンドン大学Goldsmithsでディプロマ、University of the Arts, Central Saint MartinsでMAを取得。2006年<a href="http://www.birdsdesign.com">Birds Design</a>を設立。グラフィックデザイナーとしてのキャリアとコミュニケーション力を生かし、国内外のクリエイターとの共同プロジェクトに参加する他、デザイナーならではの視点を切り口とした執筆活動、デザイン企画などを行っている。