公開日:2007年7月2日

ジェイソン・テラオカとのインタビュー

ハワイ出身のアーティスト、ジェイソン・テラオカの日本における初の個展、『ジェイソン テラオカ:隣人たち』(88点組の絵画)が現在原美術館で開催中。1964年生まれ、ハワイのカウアイ島出身の日系4世の彼が描くのは、様々なメディアや日々の観察にインスパイアされた ‘わけあり顔’の人物像。今回、来日中のテラオカさんに様々なお話を聞きました。

テラオカさんの絵はコミックやイラスト的な要素がありますね。昔からアメコミが好きだったりするんですか?
いや、特にそういう事は無いかな。でもスケッチやイラストは好きだから、太い輪郭線はそこからくるのかも。でもコミックに影響されたわけじゃない。どちらかというと、テレビアニメの影響が強いと思う。ワーナー・ブラザーズ系のアニメ。日本のアニメはあまり放映されなかったんだけど、初めて見たのは『仮面ライダー』とか『人造人間キカイダー』。ハワイでは大人気だったよ。特に70年代初めにハワイ限定のフィギュアなんかが販売されて、今では珍品のコレクターズ・アイテムなんだ。

テラオカさんもそのフィギュアを集めたんですか?
子供の頃はそうでもなかった。小さい島に住んでたから、なかなか手に入らなくてね。でも大人になって集めるようになった。他にもいろんなモノを集めてるよ。懐かしいものが好きなんだ。

他には何を集めているんですか?
古い車。現在は51年もののシェビーを持ってる。素朴な車だけど、なかなか運転すると面白い。あと、古いバイクもあるよ。62年のホンダ。でも乗り物はコレクションするというより、気に入ったものを1台ずつ持ってる感じ。機械を弄るのが好きなんだ。楽しい趣味だよ。今持ってる唯一の車がこのシェビーだから、調子が悪い時以外は毎日乗り回してる。ハワイの道はあんまり良くないんだけどね。

テラオカさんの絵は映画にも影響されていると聞きました。特にヒッチコック映画。
そう、彼の映像が好き。きっとヒッチコックっぽさが前面に出てる絵も中にはあるんじゃないかな。彼は緊張感のあるシーンを撮るのが上手いんだ:何かが起こる瞬間とか、不安にかられた瞬間を長々と引き伸ばす。50-60年代の映画って、話が展開する速度とかが今と全然違うような気がして、凄く好きなんだ。今のテレビや映画って凄く唐突すぎる感じがする。


特に好きな映画はありますか?
いや、でもその代わり1つのシーンがいつまでも頭に残ることはある。それも、偶然に出会う映画が多いかな。実際、自分から調べて、積極的に観たのはヒッチコック映画だけだと思う。一番好きなヒッチコック映画は『めまい』と『裏窓』。子供の頃、テレビでよく50年代の映画の再放送をやってて、その時観たものがいつの間にか潜在意識まで浸透したのかもね。あの頃の映画は、色や照明なんかも現代映画の寒々しい、クッキリとした感じと全然違うんだ。

では最近の映画を観たり、影響されたりしますか?
基本的に映画を観るのは好きだけど、映画オタクとまではいかないかな。最近の映画で衝撃を受けたのは『パンチドランク・ラブ』(2002年、ポール・トーマス・アンダーソン監督)。ああいう感じのブラック・ユーモアとか、フィルム・ノワールっぽい感じが好き。正直、ビックリしたよ。なかなか頭から離れない。近頃は映画を観る暇が無いな。

『隣人』シリーズの絵はどれも雰囲気や色合いが統一されていますが、描かれているキャラクターは皆同じ世界を共存しているのでしょうか?
いや、皆バラバラ。道端で見かけた人の絵を描くこともある。例えば運転中にチラッと目に入った人が、夜絵を描こうと座った瞬間パッと頭に浮かんだりするんだ。だから、僕の絵はいろんな世界を描いていると思う。1930-60年代の古い写真を見るのも好きでね。家族写真とか、不要品交換会で手に入ったものとか。で、見たものは一度頭で整理してから描くようにしてる。あと、自分の中で現実的なキャラと、ファンタシー系のキャラの境目がハッキリしないみたい。だから88点組のシリーズには人間と混ざってフランケンシュタインや吸血鬼がいる。昔はもっとイラストやアニメっぽいキャラクターを描いてたから、それに一瞬後戻りした感じでもあるのかもね。

下書きはしますか?
全然。キャンバスに絵具で直接絵を描くんだ。僕は接着剤に絵具を乗せるという方法を使うんだけど、接着剤っていうのはすぐ乾くし、常に質感が変化する。だから、とりあえず基本的な構造と、人物像をできるだけ早く描かなければならない。そしてそれが乾く間、細かい部分に手をつける。『隣人』の1枚は完成まで8時間程かかる事もある。でも、微妙な肌の色なんかは接着剤と絵具が乾く前に終わらせないといけないんだ。服装や背景は後でも大丈夫。

接着剤で絵を描くって珍しいですよね…
この方法は偶然発明したんだ。数年前、ある絵にすごく腹が立って、隣にあった接着剤をキャンバス中に塗りたくった。で、その上から絵具を乗せたら、案外イイ感じに仕上がり、それ以来、試行錯誤でこの方法を極めていったんだ。濡れた接着剤が上手い具合にアクリル絵具を吸収するから、より良い肌の質感を表せるような気がするんだ。心理的なものなのかも-ネットリした接着剤の質感を手先で‘感じる’ことができるから。接着剤って乾くと絵具と分離して、はじく。背景はそれを利用して描いた:絵具と接着剤が泡立つまでよく混ぜてから塗ると、分離して面白い質感が出来上がる。素材がどんどん変化していくと、作業にも自然と活気が出るから好きなんだ。


『隣人』の絵はお互い繋がっているんですか?
88枚一緒に飾られて始めて対話みたいなのが生まれるような気がする。それぞれ全く違う世界の人物だったり、全く別物なのに、ああやって見せるとまるで絵コンテみたいでしょ。しいてシリーズの共通点を挙げるとすれば、時代背景を見せないように心がけてるという事。服装は50-60年代っぽくしてるし、時代が限定されちゃうような現代の機械(携帯電話とか)は描かない。あと、すごく一般的なテーマを取り上げてると思う。例えば、ある絵はテレビで見たニュースに対する怒りを表していたり、またある絵は社会に対する漠然としたフラストレーションのはけ口だったりする。

政治や社会に対する批判という事ですか?
特に政治的では無いけど、世間の気持ちをわかろうとしてるっていうのかな。僕は凄く哀れみ深いんだ。‘哀れみ深い’なんて大げさだよね。まあ、同情的になろうと心がけてるってこと。みんなはハワイが楽園だって勘違いしてるみたいだけど、実はたくさんの問題を抱えてる。ホームレス人口が半端じゃないし、クリスタル・メス(覚せい剤)中毒者が急増中で、収集がつかない状態なんだ。でも、僕の絵ってちょっとユーモラスな部分もあると思う。個人的に、僕は人を笑わせると同時に泣かせちゃうような、複雑なユーモアが好き。稀に見るものだけどね。僕も一応そんなユーモアを絵に表してるつもり。

テラオカさんの絵は、まるで物語の一コマを抜粋したような印象を与えますが、実際物語りのあるコミックブックみたいなものを作った事はありますか?
そこまで集中力が続かないと思う! でも面白そうだとは思う。実は、映画を作りたいっていう夢を昔から抱いてるんだ。例えば道を歩いていると、‘うわ、これ映画にしたらきっと面白いだろうな!’っていう状況によく遭遇する。ホント、たまに本当にありえない人を街で見かけたりするんだ。きっと映画に登場させたら最高さ、絶対実在の人物だって信じてもらえないよ! だから究極の夢は映画を作ることだけど、実際に夢が叶うかどうかはわからないな。絵のキャラを描く時も、まるで映画の登場人物を創り上げてる感覚なんだ。たぶん日の目を見ることの無い映画だけどね。又は、‘人生’という映画の登場人物を僕は日々描いてる。

ハワイのイメージって、青い空、明るい日差し……最高じゃないですか。
でもね、あんなに絶え間なく太陽がギラギラしてると、参っちゃう事もあるよ。もういいから、みたいな。きっと信じられないでしょ! でも正直、一年中晴れてると、青い空にうんざりしてくるものだよ。

また来日する予定はありますか?
うん、近いうちにまた来れるといいな!

ジェイソン・テラオカさん、面白いお話をありがとうございました!




絵:ジェイソン・テラオカ『隣人』より
絵にアクリル絵具、インク、低酸性接着剤 各20×16(88点組)2005-2006年
写真提供:原美術館




(和訳:大石礼那)

Lena Oishi

Lena Oishi

日本生まれ、イギリス+オーストラリア育ち。大学院では映画論を勉強。現在はVICEマガジンやアート/メディア関連の翻訳をはじめ、『メトロノーム11号—何をなすべきか?東京』(2007年、精興社)の日本語監修など、フリーランスで翻訳関連の仕事をしている。真っ暗闇の中、アイスクリームを食べながら目が充血するまで映画を観るのが好き。