公開日:2024年4月12日

映画『プリシラ』レビュー。ソフィア・コッポラが描くヒロインの気品、その物足りなさ(評:北村紗衣)

エルヴィス・プレスリーとプリシラ・プレスリーとの出会いから結婚・離婚までを、プリシラが1985年に出版した自伝をもとにソフィア・コッポラが映画化した『プリシラ』。シェイクスピア、舞台芸術史、フェミニスト批評を専門とする批評家の北村紗衣がレビューする。4月12日、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

© The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023

ロックンロールのキングに選ばれた、グレースランドの幼いプリンセス

ソフィア・コッポラ監督の新作『プリシラ』のヒロインは、エルヴィス・プレスリーの妻だったプリシラだ。14歳のときに10歳年上のエルヴィスと出会い、17歳の時から一緒に暮らし、出会ってから8年後に結婚した。ひとり娘のリサ・マリーが生まれたが、1973年に離婚している。この映画はプリシラとエルヴィスの出会いから別れまでを描いている。

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若くしてスーパースターとの恋を成就させたプリシラの人生は一見、王子様と結婚してプリンセス(王子妃)になりたい……というある種の「女の子の夢」の実現のように見える。ロックンロールの「キング」と呼ばれるスターであるエルヴィスに選ばれて結婚したプリシラは夢を叶えたと言えるだろう。しかしながらこの映画は、プリンセスになることの苦痛をこれでもかというほど突きつけてくる。素敵な王子様と結ばれてプリンセスになっても、結婚生活には苦労がいろいろあり、末永く幸せに暮らしました……というわけにはいかない。

プリシラの孤独と性的決定権

プリシラは孤独な少女だ。この映画は1959年、西ドイツの米軍軍人向けクラブでひとりカウンターに座るプリシラが映る場面から始まる。引っ越してきたばかりであまり友達もおらず、馴染めないプリシラは、軍の音楽担当者であるテリーから、米軍軍人として西ドイツに駐在していたエルヴィスの家で行われるパーティに誘われる。プリシラは最初やや戸惑ったような表情だが、ひとりになってようやく、楽しいことに出会えた……とでもいうような顔つきになる。

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両親は最初、パーティに行くことを許さない。ところがテリーがプリシラの父キャプテン・ボーリューに会って話すと、軍人同士でいろいろわかりあえるところがあり、許してもらえることになる。ここはその後の展開を予告する場面だ。映画全編にわたって、プリシラは男性中心の共同体に存在する外れ値のように扱われ、男性の取り決めによって何をしてよいか、してはいけないか決められる。

グレースランドのエルヴィスの屋敷にはつねにたくさんの取り巻きの男たちがいて、プリシラはいつもその目にさらされている。初めてエルヴィスの家に着いたときも、新しい服を買うときも、高校の卒業式のときも、妊娠を告げるときも、つねに取り巻きがおり、そこに入っていくときのプリシラは窮屈そうだ。いっぽう、長期にわたる仕事でエルヴィスが家を空ける間はひとりぼっちで、外でアルバイトをすることも許してもらえない。

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この映画におけるふたりの関係は複雑かつリアルだ。エルヴィスは幼稚でむら気で性格に問題がある恋人だが、子供を性的に狙う危険人物としては描かれていない。ふたりの間には結婚までセックスがなかったそうで、この映画では寝室をともにして親密になっていくのに、プリシラが求めてもエルヴィスは性交渉をしない。エルヴィスは若すぎる恋人に対して自分なりにけじめをつけようとしていたのだろうが、プリシラにはいつセックスするか自分で決める権利すらないほどエルヴィスがすべてをコントロールしていたとも言える。幼くしてグレースランドのプリンセスになったプリシラにはエルヴィス以外の世界が無いに等しく、人生や性に関することがらを自分で決めていいということを学ぶ機会を与えられなかった。

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プリシラの性的決定権はこの映画では重要な位置を占めている。プリシラが自分にはエルヴィスを離れた人生もあるのでは……と思い始めるきっかけは、空手師範であるマイク・ストーンとの交流だ。さらにエルヴィスに強引にセックスを迫られたプリシラは、それをはねつけて離婚する。プリシラは激しく感情を露わにしたりはしないが、強い決意を胸に秘めており、気品をもって人生の難局に対応する。

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ソフィア・コッポラ映画のヒロインの物足りなさ

ソフィア・コッポラの映画がリアルでもあり、かつ物足りなくも感じられるのは、このようにヒロインにつねにある種の気品があることだ。コッポラの映画のヒロインはだいたい恵まれた家庭に育った白人女性で、着るものや振る舞いにいつも気を遣っていて、洗練された外側をなかなか崩さない。あまり良いたとえではないかもしれないが、だらしない格好でコンビニに買物に行ったり、冷蔵庫を蹴って閉めたりはしなそうな女性ばかりだ。つらいことがあってもいきなり怒って大騒ぎしたり、鼻水まみれになって泣いたりせず、静かに耐えるか、狡猾な策略で切り抜けようとする。

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こうしたヒロインのほうがリアルに感じられる女性観客はたくさんいるだろう。男性社会で「はしたなく」見えないようにしなければいけないという抑圧をつねに感じている女性は、コッポラのヒロインのように振る舞わざるを得ないことも多いと思われるからだ。しかしながら世の中はそういう女性ばかりではなく、少なくとも私はだらしない格好でコンビニに行くようなタイプなので、気品ある白人女性の悩みばかり見せられてもあまり共感はできない。私が気になっているのは、プリシラをグレースランドで最初に迎え、最後に送り出したエルヴィスの祖母と黒人の料理人アルバータだ。祖母はエルヴィスに指導できる数少ない人物であるように見えるし、アルバータはおそらくこの屋敷を支えている縁の下の力持ちで、プリシラとは違った人生を生きている興味深そうな女性たちだ。この2人はプリシラを陰から気遣ってくれていたが、女性同士の連帯が明確に描写されているところは少なく、背景のような存在になってしまっている。ソフィア・コッポラの映画では脇に押しやられているこのような女性たちにこそ、私が見たいものがあるのではないかという気持ちが抑えられない。

映画『プリシラ』
監督・脚本:ソフィア・コッポラ
出演:ケイリー・スピーニー、ジェイコブ・エロルディ
4月12日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
配給:ギャガ

北村紗衣

北村紗衣

きたむら・さえ 1983年生まれ。武蔵大学人文学部英語英米文化学科教授。専門はシェイクスピア、舞台芸術史、フェミニスト批評。ウィキペディアンとしても活動する。著書に『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』(書肆侃侃房)、『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち』(白水社)、『批評の教室』(筑摩書房)がある。