公開日:2024年3月29日

「北欧の神秘 —ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」(SOMPO美術館)レポート。知られざる北欧美術の世界に没入する。

3月23日~6月9日、新宿のSOMPO美術館で開催。北欧3ヶ国の協力のもと、日本では過去最大規模となる約70点の作品が公開。北欧絵画の見どころを解説しながらレポートする。

テオドール・キッテルセン トロルのシラミ取りをする姫 1900

国内で過去最大規模の北欧絵画展

ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの絵画作品に焦点を当てた展覧会「北欧の神秘 —ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画」展が、東京・新宿のSOMPO美術館で開催。日本では過去最大規模となる、約70点の作品が一堂に会するはじめての機会となる。

東京での会期は3月23日~6月9日。その後、長野県 松本市美術館(7月13日~9月23日)滋賀県 佐川美術館(10月5日~12月8日)静岡県 静岡市美術館(25年 2月1日~3月26日)と全国を巡回する予定だ。

会場風景

北欧3ヶ国の立美術館(ノルウェー国立美術館、フィンランド国立アテネウム美術館、スウェーデン国立美術館)の全面協力のもと開催された本展は、世紀末(19世紀~20世紀)の絵画作品を中心に構成されている。

世紀末の北欧というと《叫び》で有名なエドヴァルド・ムンクが代表的な作家としてすぐに上がるかもしれない。しかし、本展ではムンクはもちろん、アーンシュト・ヨーセフソンやアウグスト・ストリンドバリ、アルベルト・エーデルフェルト、テオドール・キッテルセン など、同時代の大家の代表作が集結。いまだ日の目を見れていないと言われる北欧絵画の成り立ちとその魅力を総観できるような展覧会となっている。

会場風景より、左はエドヴァルド・ムンク《ベランダにて》(1902)

北欧らしさを追い求めた世紀末の画家たち

北欧絵画の特徴をひとことでいうならば、壮大で美しい自然や、神話おとぎ話のキャラクターといった北欧特有の神秘的なモチーフが多く描かれている点だろう。

ロベルト・ヴィルヘルム・エークマン イルマタル 1860

内覧会では本展の監修者であり、スウェーデン国立美術館展覧会部門ディレクターのパール・ヘードストゥルムが登壇。 世紀末における北欧美術の潮流を次のように評した。

「今回本展で取り上げられた3カ国に共通するのは『国家意識(北欧らしさ)』『母国文化への哀愁』という観念が、まさにこの世紀末に生まれたという背景だと考えます。北欧の画家たちは、このような国家意識の高まりのなか、フランスの印象主義やレアリスム、日本の平面表現などに影響をうけ、北欧特有の題材を新しい表現手法で描いていったのです。」

内覧会の様子(左から、武笠由以子(SOMPO美術館学芸員)、パール・ヘードストゥルム(スウェーデン国立美術館展覧会部門ディレクター))

ノースマジックの源泉たる自然

本展の構成は、絵画の題材ごとに分かれており、序章から1章にかけては、フィヨルド雪原、森といった北欧の壮大な自然をテーマにした風景画が並ぶ。

展覧会の冒頭に展示されているアウグスト・マルムストゥルム《踊る妖精たち》は、月明かりに照らされた草原で、妖精たちが踊る様子が描かれているのが印象的な作品だ。ロマン主義的/写実的に描かれた草原のなかに、妖精という神話のキャラクターが並列して描かれている本作品は、北欧文化における自然と神話の強い結びつきを示唆していると言える。

アウグスト・マルムストゥルム 踊る妖精たち 1866

序章から1章にかけて展示を観ていくと、絵画が写実的なタッチから、象徴主義的/感情的なものへと変化をとげる様子が感じられる国家芸術としての北欧絵画を模索する絵画実践のなかで、より私的で内面的な表現ができる技法を他国から学び、自身の表現に応用するようになっていったのだ。

会場風景
ニコライ・アストルプ ジギタリス 1909
会場風景

ムンク《フィヨルドの夜》という作品は、まさにそのような新しい表現手法からの影響を感じさせる。ムンクは冬景色を何度も描いていることが知られているが、この作品ではとくに、印象主義のような色彩表現やディティール、そしてモダニズム的な抽象性までもが立ち現れているといえる。

エドヴァルド・ムンク フィヨルドの冬 1915 

北欧神話や民間伝承への着目

つづく2章は、北欧神話や民間伝承の世界を描いた作品を中心に構成されている。北欧の人びとにとって、神話的/神秘的過去でもあるこれらの物語もまた、北欧独自の絵画を追い求めた画家たちにとっては非常に重要な題材であった。

アウグスト・マルムストゥルム フリチョフの誘惑 『フリチョフ物語』より 1880s

画面のなかに描かれている暗く危険な森や、水の精霊は、暗くひんやりとした雰囲気ながらも、どこか小説の挿絵のようなファンタジー性をかもしだす。

アーンシュト・ヨーセフソン 水の精 1882

個性豊かなキャラクターたち

本展のなかで、他の作品と少し異なる作風をもつこれらの作品群は、ガーラル・ムンテによるものだ(画像右)。

会場風景

この作品のもとになっているのは『名誉を得し者オースムン』という物語だ。オースムンやトロルといったキャラクターたちが平面的に描かれているいっぽうで、背景に独特の遠近感をもつ本作品は、その絶妙なバランス感覚によって観るものを不思議と魅力する。また、視点を動かすことで物語が進行していくという、視線と時間の関係性は、当時ヨーロッパで大流行した日本美術の影響も感じさせるものだ。

ガーラル・ムンテ 帰還するオースムンと姫 1902~1904

北欧民話を題材とした絵画には、ほかにも不思議な魅力を持ったものが多い。 テオドール・キッテルセンのある絵画に描かれている場面は、なんとトロルのシラミ取りをするお姫さまだ。トロルにつかまった姫を助けにある男が向かったところ、なんと姫は眠っているトロルのシラミ取りをしていた……という一幕である。

テオドール・キッテルセン トロルのシラミ取りをする姫 1900

イマーシブな展示空間

本展では、絵画作品以外でも北欧の神秘的な世界観を伝えるような工夫がなされている。そのひとつが、展示室ごとにながれるサウンドアートだ。

会場風景より、中央がブルーノ・リリエフォッシュ《密猟者》(1894 )

たとえば、ブルーノ・リリエフォッシュの作品《密猟者》の近くで耳を澄ますと、森のなかで枯草を踏んだような足音や獲物を待つ狩人のかすかな息遣い、鳥の鳴き声や風のざわめきなど、さまざまな音が聞こえてくる。

このサウンドは東京藝術大学発のベンチャー企業「coton」の協力のもと用意されている。展示室ごとに音が違っているので、こちらに注意をむけながら本展を楽しむのもよいかもしれない。

会場風景より、テオドール・キッテルセンの作品に登場するトロルたちをアニメーション化した映像

また、2章の後半ではちょっと「きもかわ」なキャラクターたちに出会えるコーナーもある。展示室の天井にまで届く巨大なスクリーンいっぱいに映しだされるトロールは実物大なのだろうかなどと考えながら見ていると、思わず時間が過ぎてしまった。

現実世界を描きはじめた北欧画家たち

19世紀になり、産業化の波が押し寄せると、それまでの自然や神話・民話といったモチーフだけでなく、都市を題材に描き始めた北欧画家たちが増えてきた。展覧会を締めくくる3章は、そのような題材の変化のなかでもなお残る「北欧らしさ」とは何かということを再考させられるようなセクションだ。

アルフレッド・バリストゥルム ストックホルムの水辺の冬景色 1899
ブルーノ・リリエフォッシュ そり遊び 1882

たとえば、雪の積もる都市風景という題材の選択や、街頭に照らされる夜の街の幻想的な情景「北欧らしさ」をとくに強く感じられる一例といってよいだろう。

会場風景

J.A.G.アッケの《金属の街の夏至祭》は、近代化の濁流のなかで伝統文化が失われつつある状況に警鐘を鳴らす作品であるという見方もできるかもしれない。スウェーデンの伝統行事である夏至祭の様子が、ゴシック風建築(金属の街?)と並列して描かれ、その彩色と画面前方の水に映った虚像によって儚く強調される本作品からも、やはり北欧美術の幻想的なエッセンスを感じられずにはいられない。

J.A.G.アッケ 金属の街の夏至祭 1898

また、本展ではレアリスムの影響を感じる作品も多く展示されていた。 近代化とともに拡大した貧困、老い、病、そしてそれをケアする人びとこのような題材を北欧の画家たちがどのように描いたのかという点にも注目して観てほしい。

会場風景
アルベルト・エーデルフェルト ラリン・バラスケの哀歌 1893

北欧の自然や神話、そして都市生活を描いた作品にも現れる「神秘・幻想」というキーワード。北欧文化の根底をなすこの要素が、北欧美術を生み出し、さらには絵画というミディウムを通じて私たちを魅了するのかもしれない。北欧の神秘的イメージの魅力に深く浸れる絶好の機会、ぜひ訪れてみてほしい。

井嶋 遼(編集部インターン)

井嶋 遼(編集部インターン)

2024年3月より「Tokyo Art Beat」 編集部インターン