公開日:2012年6月8日

『夏・東京の太鼓』 未来に向けて打ち込む想い

伝統の継承とともに創造を続ける東京の太鼓集団

8月2日、東京文化会館にて「夏・東京の太鼓」が開催されました。東京で活動する和太鼓集団の草分け的存在である「助六太鼓」をはじめ、第一線で活躍するプロ集団から、東京の島しょ部、伊豆諸島の伝統太鼓を守る地域団体、高校の和太鼓クラブまで11組が出演。2000名以上の観客を、お祭りのワッショイの掛け声で盛り上げる一幕もありました。

三宅島芸能同志会 ©池田麻里
都立深沢高等学校 ©池田麻里

 ■ 伝統芸能の「あまのじゃく」
本番を前にした7月27日、出演団体のひとつ「天邪鬼(あまのじゃく)」が練習する区民会館の音楽スタジオを訪ねました。彼らは東京を拠点にプロとして活躍するメンバー6名を中心に、アメリカやブラジルなど国外でも公演、太鼓の文化を広める活動を行なう太鼓集団です。
まずは一曲披露してくださいました。

息を止め、構えから始まる様子は武道と似ている
息を止め、構えから始まる様子は武道と似ている
身体が包みこまれてしまうような音圧を感じたことはありますか?
目の前で生演奏を聴くということでそのボリュームは覚悟はしていたものの、耳だけではなく、音がびりびりと肌を震わすのです。

1曲7分ほどの演奏を終えたメンバーは、息を切らし、額には汗が流れるほど。
そして、ぴたりと曲が終わったとき、軽く走り込んだあとのような心臓の鼓動と心地のよい疲労感が自分にも残っているのに気が付きました。こちらは座ってじっと聴いていただけだというのに、これは生の太鼓演奏を間近で聴く醍醐味です。

「耳で聴いて、目で見て、身体で感じる。舞台を観て、その魅力を五感で感じ、太鼓を始める人が多いですね」と代表の渡辺洋一さんが言うよう、そのパフォーマンスはわたしたちの五感を自ずと動かしていきます。演奏を聴いたあとの心地のよい疲労感はここにあるのでしょうか。

和太鼓の音は、人間の脳がリラックスしているときや、集中しているときに脳内に流れているというアルファ波を導き出すと言われています。迫力ある演奏の前でも子供たちは気持ちよく寝てしまい、演奏者が太鼓を打っていても、疲れていると眠ってしまうこともあるとか。

太鼓は、叩けば音が鳴るシンプルな楽器の一つ。「ものを叩くことは原始的な動作ですが、打ったときの音色の深いところに『音艶(ねづや)』があるんですよ。」
伝統文化として長い歴史がありそうな太鼓ですが意外なことに、これというスタンダード曲はなく、独自に作曲し演奏する機会も多いのです。

「邦楽の中でも、長唄には『勧進帳』や『連獅子』のような誰もが知っている曲がある。でも、太鼓は祭り囃子のリズムが、地域によって方言があるように、地域ごとに独特の文化として育ってきたんです。例えば、リズムは同じであっても三ツ打ちなど独特なグルーブをもっていたりと、特徴をまとめることはなかなか難しいですね。」

「伝統に沿った太鼓のリズムだけではなく、ラテン、ジャズ、アフリカン、ガムラン音楽など世界各地の音楽を聞きました。すると共通点がどこかにあるんです。共通点を見つけ、演奏の振りや曲想の中に一カ所だけでもそれを取り入れることを試しました。

例えば、ドン、ドン、ドン、カ・カ・カッカ……(実際に太鼓を鳴らして、縁を叩くお祭りのリズム)
このように太鼓の縁を使うことは、この他にないけれど、ラテン音楽では、カララララ……と縁をぐるっと撫で回して音を鳴らすといった技が使われているんです。

演奏の中に、このような技を取り入れたのは天邪鬼が初めてだったんじゃないかな。
このスタイルにたどり着いたのは、たくさんの試行錯誤を経た結果。でも、いま天邪鬼が目指すのは、原点に戻って、音艶を意識したシンプルな演奏です。行き着いたのは、もっと太鼓がもつ素材を活かすほうがいいんじゃないかというところ。試行錯誤をして、新たなスタイルをつくっては壊し、検証を重ねてきました。積み重ねていく努力は必要不可欠だったんです。
新しい技に挑戦していくことも大切だけど、根っこがずれてたらね。心で向き合っていかなくてはいけないから。」


■ そして8月2日、本番当日――

この日、演奏する曲は渡辺さんが作曲した「開運」。

©池田麻里
渡辺さんがアメリカへ指導に渡った際に太鼓に出会ったのをきっかけにクリス・ホランドさんは来日。メンバーに加わった。
渡辺さんがアメリカへ指導に渡った際に太鼓に出会ったのをきっかけにクリス・ホランドさんは来日。メンバーに加わった。
©池田麻里

6名の出演メンバーは、それぞれひとつの太鼓と向き合い、力強く、丁寧に打ち込んでいきました。渡辺さんは、細く長いバチで一番大きな太鼓を鳴らします。その音は音艶を変えながら大地を鎮める雷鳴のように会場に響き渡りました。

「東京の下町で生まれ育ち、いつもお祭りが身近にあったんです。お祭りには櫓(やぐら)を建てて盆踊りをするのが定番。盆踊りで太鼓を打つことは下町ではよく見られた風景でした。自分も櫓にあがりたい! そう思ったのが今年で43年になる太鼓人生のきっかけでしたね。」

その後、日本初の和太鼓プロ集団である「助六太鼓」に入門。メンバーの中にも出身者がいます。今日の公演は自分たちを育てた先生が率いるチームとの共演でもありました。

「団体ごとに縦社会はあるけれど、(団体同士の)横のつながりはできていないんです。他の団体と共演する機会はなかなかないものなんです。他流試合のように緊迫感の高まる場でもあり、 私たちの活動の励みになっています。 プロとして活躍しているグループがこれだけ一堂に集まる機会は観客の皆さんにとっても貴重なことですし、継続してやっていきたいですね。」

フィナーレは、出演団体がステージに揃い、息のあう演奏をみせた
フィナーレは、出演団体がステージに揃い、息のあう演奏をみせた
©池田麻里

■「長唄やクラッシック音楽といわれるベートーヴェンの交響曲だって、最初はどちらも新しいものだったでしょ?」
実はまだスタンダードが確立されていないという太鼓の文化に、伝統を大切にしながらスタンダードを築くことに天邪鬼はこれからも挑戦していきます。

江戸・東京で育まれ、幾重もの歴史のフィルターを経て受け継がれてきた太鼓。江戸から続くお祭り、東京のくらしの中で育まれてきた文化は、自然と向き合い、共生し、人の和を大切にしながら長い時間をかけて培ってきた財産です。『夏・東京の太鼓』は、太鼓を通じて私たちの心を動かし、日本人の根底にある「和の心」を気づかせます。伝統を根底に守りながらも創造を続ける演奏者たちの姿は、誇りを与えてくれました。それは、現在進行形でさまざまな文化が、いま東京で生まれ、育まれていること、その証だからです。

「東京発・伝統WA感動」とは
東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団が実施する「東京文化発信プロジェクト」の一環として、能楽、邦楽、日本舞踊、茶道など、世界に誇るべき日本の伝統芸能・文化を国内外へ広く発信するとともに、次世代へ継承していくことを目的に展開しているプログラムです。http://www.dento-wa.jp/

TABlogライター:吉岡理恵 富山生まれ。アートプロデューサーのアシスタントを経て、フリーランサー。展覧会企画、ウェブを中心に、エディター、ライターとして活動。2010年より横浜ベイクォーター「Gallery Box Exhibition」企画を担当 他の記事>>

東京文化発信プロジェクト

東京文化発信プロジェクト

東京文化発信プロジェクトは、「世界的な文化創造都市・東京」の実現に向けて、東京都と東京都歴史文化財団が芸術文化団体やアートNPO等と協力して実施しているプロジェクトです。都内各地での文化創造拠点の形成や子供・青少年への創造体験の機会の提供により、多くの人々が新たな文化の創造に主体的に関わる環境を整えるとともに、国際フェスティバルの開催等を通じて、新たな東京文化を創造し、世界に向けて発信していきます。