公開日:2026年5月8日

スキャンダルの向こうにいたペインター。トレイシー・エミン回顧展「第二の人生」レビュー(評:島田浩太朗)

スキャンダルが薄れたとき、作品は何を語り始めるか? テート・モダンで開催中のトレイシー・エミンの回顧展「Tracey Emin: A Second Life」を読み解く

「Tracey Emin: A Second Life」(テート・モダン)会場風景 ©Tracey Emin Photo © Tate(Yili Liu)

「特集:YBA 90s英国美術は、いま何を語るのか」──YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)と、それを生んだ90年代という時代を今日の視点で振り返る、Tokyo Art Beatの特集シリーズ。展覧会「テート美術館 ― YBA & BEYOND 世界を変えた90s英国アート」の開催にあわせて、90年代という特異点を、アートにとどまらない現代の多様な視点で見つめ直す。(随時更新)

嘲笑、消費、誤読から生き延びたとき、作品は何を語り始めるか?

ロンドンのテート・モダンで8月31日まで開催中のトレイシー・エミンの回顧展「第二の人生(Tracey Emin: A Second Life)」は、絵画、映像、テキスタイル、ネオン、彫刻、インスタレーションなど90点を超える作品で40年の実践をたどる(*1)。展示は単線的な年代順ではなく、「第一の人生」と「第二の人生」のあいだを往還するように構成され、エミンの実践を「スキャンダル」「告白」「絵画」「病後の生」という複数の読みのあいだで組み替えていく。だが本展で強く感じられるのは、2020年の癌と手術を経た作家の再生だけではない。むしろ、エミンの作品そのものが、かつてのスキャンダルから解放され、別の読みを獲得していく「第二の人生」である。

「Tracey Emin: A Second Life」(テート・モダン)会場にて、トレイシー・エミン Photo © Tate(Sonal Bakrania)

展覧会の終盤に鎮座する《マイ・ベッド(My Bed)》(1998)を前にすると、かつての挑発性よりも、孤独、鬱、生活が崩れ落ちる瞬間の静けさが浮かび上がる。乱れたシーツ、床に散らばる私物、使用済みの生活の痕跡は、いまや挑発の小道具というより、崩壊の後に残された静物のように見える。エミン自身も、人々がショックよりも悲しみを感じるようになったと語り、この作品はもはや自分から離れて「それ自身の人生」を持っていると述べている(*2)。

この再読は英国の主要メディアのレビューにも共有されている。美術評論家エディ・フランケルは『ガーディアン』で、本展を愛、痛み、悲嘆が希釈されずに迫ってくる展示として受け止めた(*3)。 いっぽう、ライター・批評家のブライアン・ディロンは、『フリーズ』誌で、「第二の人生」というタイトルを、エミンが癌だけでなく自らの評判からも生き延びたこととして読み、さらに、これまで見落とされてきた作品の側面を指す言葉でもあると示唆する(*4)。本展が問いかけているのは、エミン自身だけでなく、彼女の作品も含めて、嘲笑、消費、誤読からどのように耐え抜いてきたのかである。

「Tracey Emin: A Second Life」(テート・モダン)会場風景 © Tracey Emin Photo © Tate(Sonal Bakrania)

Tokyo Art Beat Mail Magazine

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