
会場風景
「第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展」が5月9日に開幕し、日本館展示となる荒川ナッシュ医「草の赤ちゃん、月の赤ちゃん」も同日から一般公開が開始した。
荒川ナッシュ医は、1977年福島県生まれ。現在は米国籍を持ち、ロサンゼルスを拠点に活動する日系アメリカ人のパフォーマンスアーティスト。本展は、2024年に代理出産を経て双子の親となった作家のクィア・ペアレントとして子育ての経験から生まれた参加型の展示だ。アメリカでアジア系ディアスポラとして生活する作家自身のアイデンティティや母国の歴史、個人的な育児体験を起点とし、未来の象徴としての赤ちゃんを介して、来館者に「ケア」への参加を促しつつ、次世代が生きる社会のあり方を問いかける。
キュレーターは、⾹港のCHAT(Centre for Heritage, Arts and Textile)館⻑兼チーフ・キュレーターの⾼橋瑞⽊と、シンガポール国⽴美術館のシニア・キュレーター兼キュレトリアル&コレクション部⾨部⻑・堀川理沙。展覧会タイトルは、庭を象徴する「草」と時間や⼼に関係する「⽉」に由来すると同時に、作家がニューヨークで過ごした学生時代に刺激を受けた草⽉アートセンターへのオマージュにもなっている。

日本館に足を踏み入れると、まず目に入るのはピロティに並べられた無数の赤ちゃん人形だ。本展では様々な肌の色の208体の赤ちゃん人形が会場内や庭に配され、希望する来場者は赤ちゃん人形を抱きながら展示空間を巡るよう誘われる。人形の重さは約6kg、これは生後4ヶ月ほどの赤ちゃんの体重に相当する。人形を来場者が選ぶことはできず、スタッフに渡された人形を腕に抱いてみると想像以上の重みがある。表面は固くゴツゴツとしており、この人形を手に2階の展示室まで歩き回るのはなかなかの重労働だ。

色とりどりのベビー服は、福島で暮らす作家の母親らによって縫われた。人形はミラーレンズのサングラスをかけており、来場者は「ケア」の担い手としてパフォーマンスに組み込まれると同時に、自分自身の振る舞いを赤ちゃんに見つめ返される。その重さや赤ちゃんを抱きながら展示を見る状況への戸惑いから自然と見知らぬ人の行動を意識したり、会話が生まれたりし、ケアの行為が集団的な営みへと開かれていく。
