公開日:2021年7月14日

絵画成分調査の最新事情、ダ・ヴィンチのDNA配列、アート市場を表す数字は本物か?など:週刊・世界のアートニュース

ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目ニュースをピックアップ

いま、世界のアート界では何が起こっているのか? ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目のニュースをピックアップ。今回は7月4日〜9日に世界のアート系メディアで紹介されたニュースを「増えるアートと科学の協業」「できごと」「アートマーケット」「おすすめの本、展覧会、ビデオ」の4項目で紹介する。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《ウィトルウィウス的人体図》(1452‐1519) アカデミア美術館蔵

増えるアートと科学の協業

◎絵画成分調査の最新事情
地質学者が火星の表面の鉱物分析に使うような波長を図るハイパースペクトルカメラが美術館での調査にも使われている。地質に似て様々な鉱物からなる絵の具を分析し、肉眼では見えない絵画の下の層を調査するのだという。DCのナショナルギャラリーで、フェルメール作か確定できない《フルートを持つ女》と、真作のフェルメール絵画との比較分析に使われている。また、そのナショナルギャラリーの調査チームがLAのゲティ美術館でも調査協力し、ゴッホの絵画の分析をしているとのこと。現在青く見えるアイリスだが、弟への手紙には紫色と書いており、描かれた当時から変色したのかどうか調査しているそう。
https://www.nytimes.com/2021/06/28/science/vermeer-paintings-fakes-scans.html

◎ダ・ヴィンチのDNA配列
レオナルド・ダ・ヴィンチのDNA配列を明らかにするプロジェクトの一環として、ダ・ヴィンチ直系の男性子孫14人が明らかになった。本人は子どもがなかったが、異母兄弟が22人いたそうで14世紀のそこから21世代目。歴史家2人が数十年かけて様々な文書を調べた結果だという。男性特有のY染色体は25世代に渡って基本的に変わらないことが知られており、男性家系の子孫を調査することでダ・ヴィンチ本人に遡ることができるのだという。
https://www.artnews.com/art-news/news/leonardo-da-vinci-living-descendants-1234597865/

◎入れ墨を文化研究の視点から
500年以上前のグリーンランドのイヌイットのミイラを赤外線カメラで撮影したところ顔に繊細な入れ墨が見つかった。これまで入れ墨は現代の西洋的価値観の偏見からネガティブに紐付けられ考古学であまり扱われてこなかった。だが、脱植民地化のうねりが強まる中、タトゥー作家が先祖の文化を再現する動きも活発化し、このように研究対象として扱う考古学者が増えてきた。
https://www.nytimes.com/2021/07/05/science/mummies-tattoos-archaeology.html

できごと

◎タリンのアートシーンに注目
エストニアの首都タリンは人口50万人弱だが、アートシーンが盛り上がっているという。近年のヴェネチア・ビエンナーレで世界的なスターを輩出してきたほか、タリンのTemnikova & Kaselaギャラリーがバーゼルのリステ、NYのアーモリーなどの国際フェアなどに出展しはじめており、また美術館も若手育成に力を入れている。さらにいくつか新しいアートセンターができてきているという。
https://www.artnews.com/art-news/news/tallinn-estonia-art-cities-to-watch-1234597747/

◎ビッグコレクターが遺した作品が専門美術館に
亡くなったサムソンの元会長から国に寄贈されたアートコレクションを所蔵する専門の美術館がつくられることが、韓国の文化体育観光部によって発表された。またコレクション展は2022年後半から国内を巡回し、NYのメトロポリタン美術館などの海外にも巡回する計画があるという。
http://www.koreaherald.com/view.php?ud=20210707000365

◎作品返還の動き、その一例
ブルックリン美術館が1300点以上のコロンブス以前の工芸品を去年コスタリカに返還していたことがわかった。19〜20世紀にコスタリカでバナナや鉄道の搾取的な商売で財をなしたビジネスマンの妻によって1934年にブルックリン美術館に寄贈されていたもの。
https://www.artnews.com/art-news/news/brooklyn-museum-returns-artifacts-costa-rica-minor-c-keith-1234597739/

◎ケンジ・シオカヴァ逝去
ブラジル生まれでLAで活躍した日系人彫刻家ケンジ・シオカヴァ(Kenzi Shiokava)が82歳で亡くなった。長いキャリアの間あまり知られていなかったが、2016年にハマー美術館で行われた「Made in L.A.」ビエンナーレに大型の木彫トーテムのような作品群が選ばれて、78歳で一気に知られるようになったという。
https://www.latimes.com/obituaries/story/2021-07-02/sculptor-kenzi-shiokava-retired-marlon-brando-gardener-dead-at-82

◎メキシコを代表するアートコレクター
メキシコのジュース帝国(会社)「Grupo Jumex」の跡継ぎエウヘニオ・ロペス・アロンソ(Eugenio López Alonso)はメキシコを代表するアートコレクターだそうで、彼を特集したインタビュー記事。最初に作品を買ったのは1995年、サザビーズでロバート・マザーウェルを約1600万円で落札したという。当時26歳。2013年にはコレクションを見せる美術館「Museo Jumex」をメキシコシティにデイヴィッド・チッパーフィールドの建築でオープンした。
https://www.nytimes.com/2021/07/05/arts/design/eugenio-lopez-alonso-jumex-art-collection.html

◎相次ぐトップ辞任とその背景
米国の大学併設などのいくつもの小さめの非営利アートセンターで、トップが横領、人種差別的、ブラックな職場環境などの批判を受け辞任に追い込まれている。特に著名人が長く引っ張ってきた場所は第三者による監督もなく、腐敗が起こりやすく、改善されにくいという。NY郊外のシラキュース大学附属のLight Workや、アリゾナのCenter for Creative Photographyなど数例を取材した記事。
https://news.artnet.com/art-world/little-oversight-misconduct-can-run-rampant-small-arts-nonprofits-1987319

◎ナチスは作品売却を強要したのか?
美術史家、美術評論家のクルト・グレイザー(Curt Glaser)は1933年にユダヤ人だという理由でベルリン美術図書館の館長職を追われ、コレクションを売却し、NYに移住した。欧州の美術館はコレクション売却が迫害による強要で、不公平な条件だったとして子孫への返還または金銭支払に応じている。だが、米国のメトロポリタン美術館やボストン美術館は作品売却がナチスの迫害だけの理由で行われたとはいえない、また売却価格も不況時で下がっているが、当時のマーケット状況と比較して不当に安いとはいえないとして返還などを拒否している。
https://www.nytimes.com/2021/07/06/arts/design/nazis-art-forced-sales.html

アートマーケット

◎買える屋外彫刻
イギリスのオックスフォードシャーに新しいスカルプチャーガーデンができる。ただし、展示している屋外彫刻作品はすべて売り物。自身もディーラーで広大な土地の所有するマイケル・ヒュー・ウィリアムズ(Michael Hue-Williams)がマリアン・グッドマン、ケーニッヒ、リッソン、グッドマンギャラリーなどの世界の4つの大手ギャラリーと組んで企画していく。今年は、アリシア・クワデやアイ・ウェイウェイなど26作品が展示され、今後は半年ごとの展示替えをしていく。
https://news.artnet.com/art-world/see-images-of-albion-fields-sculpture-park-london-1987629

◎アート市場を表す数字は本物か?
世界のアート市場規模の数字としては、Art Basel/UBSのレポートが出す約5兆円強がよく使われる。新しいオンラインアートサービスや、NFTサービスが自らの将来的な事業規模を大きく見せるために、事業計画やプレスリリースの中に誇大な「ポテンシャル」アート市場規模が持ち出されすぎているのではないかと長年市場を見てきた記者が警鐘をならしている。
https://www.theartnewspaper.com/comment/why-the-figures-bandied-about-in-the-market-are-subject-to-caution

おすすめの本、展覧会、ビデオ

◎アーティストに向けたキャリア指南書
アーティストのキャリアは昔のように牧歌的でなくなってきて、何千億円規模の「産業」になってきている。作品作り以外に、スタジオをどう立ち上げていくか、ギャラリーとどう付き合うか、ソーシャルメディアをいかに活用するかなど様々なビジネスの要素が増えてきている。そういう事情を踏まえて、アーティストのキャリアの築き方を指南する本も増えている。こちらはニューヨークマガジンの著名批評家ジェリー・サルツによるものを筆頭に英語の5冊の本のレビューしている。
https://www.artnews.com/art-news/product-recommendations/essential-books-succeeding-as-an-artist-1234597945/

◎絵とは異なる本の修復事情
NYのモルガンライブラリーで開催中の18世紀フランスの美しい本コレクションの特に製本技術についての展覧会「Bound for Versailles」に際して、担当した本の修復家へのインタビュー記事。絵の修復と違って、失われたものを埋めることはしないなど、興味深い話が出てくる。
https://www.artnews.com/art-in-america/interviews/book-conservator-frank-trujillo-on-repairing-and-reconstructing-manuscripts-1234597931/

Kosuke Fujitaka

Kosuke Fujitaka

1978年大阪生まれ。東京大学経済学部卒業。2004年、Tokyo Art Beatを共同設立。08年より拠点をニューヨークに移し、NY Art Beatを設立。アートに関する執筆、コーディネート、アドバイスなども行っている。