
嶋田美子とブブ・ド・ラ・マドレーヌ 撮影:筆者
「第61回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際美術展」の企画展「In Minor Keys」に日本人アーティストとして招聘されている嶋田美子とブブ・ド・ラ・マドレーヌ。ふたりはそれぞれ個別の作品を出展するとともに、ユニットとしても旧作と新作を展示。さらに5月6日に《Procession for the Fallen Comrades and Fallen Angels(斃れし同志と堕天使のための行列)》のパフォーマンスが行われ、開幕週から大きな注目を集めている。
ふたりの作家活動は、オオタファインアーツ(東京)が恵比寿に拠点を構えていた1990年代にはじまる。嶋田は1995年に同ギャラリーで初個展「嶋田美子」を開き、以降も個展を重ねた。1998年にはブブとの初のユニット展「メイド・イン・オキュパイド・ジャパン」を開催。それ以降、2000年代前半にかけてブブは個展を、嶋田は個展のほかキュレーション展も手がけてきた。
2010年頃からは、嶋田が日本の前衛芸術を専門とする研究に、ブブが家族の介護に専念するため、ともに制作から離れる時期を過ごす。2022年のブブの個展「人魚の領土—旗と内臓」、2023年の嶋田の個展「おまえが決めるな!」によって本格的な復活を果たし、女性や社会的弱者をめぐる問題を30年以上にわたり一貫して問い続けてきたふたりの帰還は、時代の要請にも適うものとして大きな反響を呼んだ。2025年にはグループ展「CAMP」において、ユニットとしての新作《明治怒羅亜愚反帝戯画双六》(2024)を発表。「帝国主義をクィアする」というアイロニーとユーモアに満ちた本作は、ラディカルな鋭さで見る者を射貫いた。
これまでも国際展への参加を重ねてきた嶋田美子とブブ・ド・ラ・マドレーヌが、ヴェネチア・ビエンナーレという最大級の舞台に持ち込むものとは何か。本記事では、招聘の経緯から28年にわたるコラボレーションの軌跡、そしてふたりがこの大舞台に臨む姿勢まで、じっくりと話を聞いた。
──今回のご招待についていつ知りましたか。
嶋田 昨年5月に急逝した同展キュレーターのコヨ・クオの遺志を受け継いだキュラトリアル・チームが組まれていますが、最初はそのうちのひとり、ラシャ・サルティさんの友人を介してオオタファインアーツに連絡が来ました。昨年6月のことです。
ブブ びっくりしましたよ。そのとき嶋田さんはロッテルダムにいたんですが、すぐに返事してくださって、3人でオンラインミーティングをしました。「ヴェネチア・ビエンナーレ」と言ってもサテライト展示も色々とありますからね。「本当にあのヴェネツィア・ビエンナーレなん?」という感じで、なかなか信じられませんでした。

嶋田 まさかと思いましたよ。しかもラシャさんご本人にはお会いしたこともなく、そもそも私たちの作品をいつご覧になったのかもわからないんですよね。
ブブ 結局、実物はご覧になっていなかったんです。「別の人と間違えていない?」という気持ちで、ずっと半信半疑でした。でも最初のミーティングでラシャさんが情熱的にコンセプトを語ってくださり、「ぜひふたりを招待したい」という強い意思が伝わってきました。そのときまず「ヴェネチア・ビエンナーレにはお金がないんです」と言われ、こちらも助成金を申請しながら進めていくことになりました。
嶋田 昨年は「第13回ベルリン・ビエンナーレ」にユニットとして参加したのですが、そのときも「お金がないから、作品を手持ちで持ってきてほしい」と言われたんです。最終的に輸送はできたものの、「ビエンナーレってこんなものなのか」と思いました(笑)。

──コヨ・クオが構想した「In Minor Keys(短調で)」というコンセプトを、おふたりはどのように受け止められましたか?
嶋田 非常にポエティックな構想ですね。「Minor Keys」という言葉には静謐な響きがあり、最初は私たちの作品とは少し質感が違うかもしれないと感じました。ただ、「マイナー」を別の角度から、つまりマジョリティではないもの、これまで見過ごされてきたものとしてとらえ直すならば、私たちがこれまで取り組んできた仕事と重なる部分が確かにあります。

ブブ 「Minor Keys」と聞いた瞬間、私の頭に浮かんだのは「マイノリティ」という存在です。ここ数年の自分の仕事における「マイナー」とは、やはり死者の声でした。長らく水をテーマに制作してきたなかで、水底に死者の国があるようなイメージを抱き、そこから立ちのぼる死者の声を、これまで聞き入れられてこなかった人々の声としてとらえてきました。水や身体性、体内にある水といった主題と地続きで、ビエンナーレのコンセプトをそう解釈したとラシャさんにお伝えしたところ、とても喜んでくれました。


──今回は開幕に先立って、現地で《Procession for the Fallen Comrades and Fallen Angels(斃れし同志と堕天使のための行列)》というパフォーマンスが行われ、大きな反響を呼びました。どのようなコンセプトで作られている作品でしょうか。
ブブ ヴェネチアが「水の都」なので、私の2001年の映像作品《甘い生活》を引用して、水辺をバラの花とともに歩くというアイデアが最初にありました。そこに嶋田さんが映画《カビリアの夜》(F. フェリーニ、1957)のラストシーンのイメージを提案しました。それは完璧でした! そして、友人のミュージシャンやパフォーマーに協力をお願いしました。
嶋田さんと話し合うなかで生まれたコンセプトは、社会の理不尽に抗う営みの志半ばで斃(たお)れた同志を想い、その人たちへの追悼と、彼女ら彼らといまも生きている私たちすべての生命を祝福したい。それが可能な世界を創りたいという意志の表明です。
