公開日:2020年11月13日

フィジカルとバーチャルを駆使した4人4様の「景」:舞台美術家コレクティブ「セノ派」インタビュー

フェスティバル/トーキョー20に参加する「セノ派」の杉山至、坂本遼、佐々木文美、中村友美にインタビューを行なった

東京を舞台に、同時代の舞台芸術の魅力を多角的に発信し、社会における芸術の新たな可能性を追究する都市型フェスティバル、フェスティバル/トーキョー(以下F/T)。2009年のスタート以来、国内外の先鋭的なアーティストによる、演劇、ダンス、音楽、美術、映像等のプログラムを、東京・池袋エリアを拠点に実施してきた。通算13回目となる今回(F/T20)は、「想像力どこへ行く?」をテーマに、2020年10月16日(金)〜11月15日(日)までの31日間にわたり開催されている。

杉山至、坂本遼、佐々木文美、中村友美の4人によって結成され、舞台美術の概念、テクニックを使って、あらたな目線で「まち」や「みち」の存在を浮かび上がらせる舞台美術家コレクティブ「セノ派」。昨年のF/T19では、オープニング企画として『移動祝祭商店街』を発表し、地域商店街でのリサーチをベースに製作した山車の練り歩きイベントやパフォーマンスを行なった。

今年のF/T20では、その続編となる『移動祝祭商店街 まぼろし編』 を発表。「一人でいる方法」を全体のキーワードとし、豊島区内の商店街とオンラインを舞台に4人それぞれが別個のプロジェクトを展開する。

コロナ禍で「集まる」ことが困難な状況にある現在、リアルとフィクション、フィジカルとバーチャルを駆使した「景」を立ち上げ、参加者とまち、もの、人、記憶や感情との出会いを演出する。

今回の企画意図や制作過程について、セノ派の4人にインタビューを行なった。

──セノ派は昨年のF/Tで、豊島区内の3つの商店街を拠点に「移動祝祭商店街」を行いました。今年はその続編となる『移動祝祭商店街 まぼろし編』を行っていますが、これはどのようなプログラムなのでしょうか?

杉山:まず、昨年開催した「移動祝祭商店街」というアイデアは、F/Tのディレクターである長島確さんとミーティングを何度も重ね決定しました。舞台美術が劇場を離れ、地域や街に出ることで何ができるのかを実験的に行なうユニークなプログラムで、山車のようなオブジェをつくり、商店街で人を巻き込みながらイベントを開催しました。

ところが、今年は新型コロナウイルスの影響でそういったことができない。話し合いの結果、「移動祝祭商店街」のコンセプトは変えず、違うかたちで展開するプロジェクトを継続しようということになったんです。

F/T20のテーマは「想像力どこへ行く?」ですが、想像する、発想することを考えたときに「ヴィジョン」という言葉が浮かんできました。「ヴィジョン」には「幻」のほかに「先見の明」の意味もある。アフターコロナの舞台芸術がどうなっているかを想像しながらプロジェクトに取り組みたいと考え、『移動祝祭商店街 まぼろし編』というタイトルに決定しました。また、今年開催されるはずだった東京オリンピックが幻のオリンピックになってしまったので、「幻」という言葉は時事的にもぴったりでした。

そのいっぽうで、セノ派の由来である「セノグラフィー」には舞台美術、場面という意味があり、「景」の意味も含まれていることから、4人の共通のテーマを「景」としました。「景」は五感で感じられるほか、「目をほろぼすほど素晴らしい」などの意味もあり、目に見えないイメージ=幻の意味合いも含んでいます。

杉山至(写真:泉山朗土)

──「幻」「景」、全体を結ぶキーワードである「一人でいる方法」などは共有しつつ、街とオンラインを舞台に4人それぞれが別のプロジェクトを展開されます。

杉山さんは、旅をイメージした景(セノグラフィー)をめぐるひとり旅のプログラム「その旅の旅の旅」。坂本さんは、屋上でのパフォーマンスをオンライン配信する「Roofing the Roof with a Roof」。佐々木さんは、実際に商店街に足を運ぶことで体験できる「みんなの総意としての祝祭とは」。中村さんは、景や祝祭にまつわる記憶を街の人にリサーチし作成した模型を特設サイトで発表する「眺望的ナル気配」。

今回の企画では、それぞれの企画でどのような景を立ち上げていきたいと考えていますか?

杉山:僕の企画「その旅の旅の旅」は、ゲストアーティストたちに旅をしてもらい、その旅した場所に行くひとり旅のプロジェクトです。例えば松尾芭蕉は、先人を追って旅をしました。そのように誰かの旅を追体験し、同じ場所で別の時間軸の「景」を発見できないかと考えました。「景」は視覚以外に音や匂いや味などの五感にも関わります。正岡子規の「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」という有名な俳句も、食と音と景色が時代と結び合っています。そういう感覚を他者と共有できないかということがテーマです。

坂本:僕が企画デザインをした「Roofing the Roof with a Roof」は、街に「窓」をつけて、風を通すようなイメージを考えています。なんとなく呼吸しづらい社会情勢の中に、ちょっとだけ窓を開けれたらいいですね。

佐々木:「みんなの総意としての祝祭とは」では、身体に内在している物語や景色の根源のようなものを探し求めたいです。お客さんには探したり、想像してもらうことで成立する、形のないものなので、そういう意味では幻のようなものになると思います。

中村:私は、この春コロナの影響で家にこもったとき、外を出歩くときに当たり前に感じていた気配のようなものを感じられなくなったことに気づきました。「眺望的ナル気配」では、レイヤーのように気配が積み重なり、オンライン上でも商店街という場所を幻のように感じられるようにしたいです。

佐々木文美(写真:泉山朗土)

──全員の企画としては、豊島区内各所の商店街を舞台にしつつ、オンラインを使った試みも同時進行されますね。オンラインではどのような展開を考えていますか?

杉山:私の企画はオンラインで情報を手に入れ、実際にその場所に行ってもらいます。街のなかで景を発見し、それをさらにオンラインに投稿してもらい、新しい旅先になっていく。その場所をまた別の旅人が訪れ、旅が続いていくというイメージです。

佐々木:私の企画も杉山さんと同じく街に出てもらいたいので、オンラインでは開催場所などの情報を発信するのみです。

坂本:4人の中では僕と中村さんの作品が、オンライン上でのみ体験できるものですね。

中村:そうですね。劇場などの演劇は場所に集まり、物語や同じ状況、時間をそれぞれが体験するものですが、いっぽうオンラインライブなどで同じ時間に集まるのは、それぞれの人たちがその状況に対して、自分の体をどこに置くか点を打つようなものではないかと思いました。そのように、なるべく点を打ってもらえるようなものを作りました。

坂本:僕は、今は一人一台何かしらのデバイスを持っている時代なので、一人で作品を見ることを想定して制作しました。個が並列していて、混ざらないで、モザイク模様になってるイメージが東京のフェスティバルに似合ってるなと思いました。

坂本遼(写真:泉山朗土)

──コロナによって人が集まることができなくなったことで、演劇は大きな局面を迎えました。先ほど回答いただいたオンラインでの試みもそうですが、そういった非日常の状況のなか、それぞれの企画で特にここを工夫した、考慮したという点を教えてください。

杉山:昨年もそうでしたが、僕の役割はほかの3人が担当する池袋本町エリア、大塚エリア、南長崎エリアの商店街を繋ぐことです。その仕掛けとして、参加者にひとり旅をして移動してもらうことで街を繋ぎ、それぞれのエリアの魅力を感じてもらえないかと考えました。その土地の歴史的な文脈や、未来の様子の妄想を取り混ぜた街の魅力に出会える装置にもなるといいなと思います。

佐々木:今回、街の人から情報収集をするとき、対話をすることを意識しました。私の企画のタイトルは「みんなの総意としての祝祭とは」なのですが、その中で一番重きを置いたのが「みんな」の部分です。「みんな」に対して、作品が心を開いているか、今(インタビュー時)はそこを気にしながら作業しています。

坂本:ご飯を食べたり、家に帰るなども含めて、確かにあるけれど誰にも知られない事象やファクトが、街には満ちていますよね。そういった断片が「日常」と捉えられると考えました。今回、僕が会場として使う屋上は、様々な目的や決まりの中で作られましたが、現在は利用されずに存在している空間スペースです。オンラインのため実際に見ることはできませんが、誰も知らない屋上で誰にも知られないパフォーミングアートをやることと、日常の誰にも知られていない断片が、どこかで繋がるのではないかと思っています。

中村:以前、街の神社の宮司さんに祭りの記憶についてのお話を聞きに行ったとき、神輿を出すことだけが祭りではないと言われました。しかも、365日が祭りなのだと。つまり、神輿はハレの日に出すけれど、日常もケの祭りの日だということです。坂本さんが先ほど話していたように、私も日常から抜け落ちたケのようなものを積み重ねていくものを作りたいと考えました。祭りに対してのそれぞれの考え方の違い自体が、その街を表せるとは考えられないでしょうか。

中村友美(写真:泉山朗土)

──4人全員がそれぞれ舞台美術家として活躍していらっしゃいます。だからこそ企画をするときに考えられたことや、反対に実行していくうえで難しかったと実感したことはありますか?

杉山:昨年もそうでしたが、演出家ではないのでうまくまとめられないんですよね。「こういう作品を作りましょう」と決まると、舞台美術家はそれに対して対応するという意識があるので、「仕事を受ける」感覚が強くあります。ただ僕は、舞台美術やセノグラフィーは、それだけではないのではないかと思っています。

佐々木:演劇をやっている人はコミュニケーション能力が高いと思います。特にスタッフワークをしている人は、チーム内の様々な意見に対してバランスをとることが多いと思います。例えば坂本さんの企画は、屋上を舞台に使うことを交渉するのが大変そうでした。でも、そういった難しい課題に対して「やめましょう」と返すのではなく、その状況に対して、どう向き合うかを考える体力があるのではないかと思いました。

坂本:僕は、街で演劇をつくることは本当に大変で、劇場がいかに守られた空間なのかがよくわかりました。しかし劇場は保護されてはいるけれど、逆に閉じられているとも言えます。街の人は演劇と関わりの浅い人が多いので、今回僕が作品制作を街でしたことによって、街と演劇の関係作りのとっかかりにはなったかもしれません。小さい穴を開けたので、そこから理解を深めていければいいと思います。目的や不要不急というレイヤーを外して会話ができるようになっていければ、街と共犯関係を結べる気がします。

中村:坂本さんが苦労したように、演劇をつくることは、事前の関係性があるからこそできることだと私も思いました。街では何もかもが初めての体験で、人に話を聞いたりアンケートをとるときに、コミュニケーションの最初の一歩が踏み出しにくかったです。舞台美術をやっている人間として街の人たちとどのようにコミュニケーションをとるかということを、今も考え続けています。

Zoomインタビューの様子。左上から時計回りに 杉山至、中村友美、佐々木文美、坂本遼

──舞台美術家として日々活動してコミュニケーションに長けているからこそ、街と演劇の関係性を築けたのですね。それでは、舞台美術家のセノ派がF/Tのプログラムに参加することで、舞台芸術祭のなかでこういった役割を担えるのではないかと感じたことはありますか?

杉山:舞台美術家は演出家ではない代わりに、作品に関わりながらも遠くから眺めることができる視点を持っています。街を外側から見たときに、例えばこんな釘の打ち込み方があるんじゃないかと提案して、今までと違った視点から切り崩すことができたら面白いのではないかと思っています。

佐々木:舞台美術は、作品と観客をどのように出会わせるかをデザインする仕事だと思っています。杉山さんの意見にも近いですが、F/Tに舞台美術家コレクティブのセノ派が関わる意味は、観客と街をどのように出会わせるかというきっかけを作ることだと思います。

坂本:舞台美術には、演出家と劇場のあいだや、作品と観客のあいだに入りハブになる役割があります。世界を繋ぐような職業だと思っていて、そのような繋がりをF/Tでも作っていきたいです。

中村:舞台美術家は、劇場のどの位置から舞台を見てもいいように、いろいろな見せ方を考え、曖昧さを許容する余白をデザインする仕事です。今回、街の人から祭りに関するエピソードを集めましたが、その人が持っている強い記憶や物語性を、舞台美術家としての経験から、対象との距離を考えながらちょうどいい濃度で希釈できればと思います。

──舞台美術家コレクティブだからこそ、ほかのプログラムとは違った新たな視点をF/Tに与えてくれる気がしました。最後に、セノ派の制作を通して気づいたことや、このプログラムを終えた以後の希望や展望があれば教えてください。

杉山:舞台芸術に関わるみんながそうだったと思うのですが、コロナで対人関係の仕事ができず、いつも通りに動けない期間が3〜6カ月ほどありました。今後もどうなるかわからず、この状況がいつまで続くのか読めないなかでも、次を考えていかなければなりません。今年はできないことが多いゆえに、ならばどう対応すればいいかを考える作業にすごく時間をかけました。今回のセノ派の作品はとても実験的なもので、観客がどう捉えてくれるかは、始まってみないとわかりません。もう少し時間が経ったときに、作品をこう捉えてくれるかもしれない、するとこういう成長ができるかもしれないということがわかるきっかけになればいいと思っています。その結果が、何か新しい種のようなものを生んでくれることを望んでいます。

Photo: Ryosuke Kikuchi

セノ派(舞台美術家コレクティブ)
 
F/T19オープニング企画『移動祝祭商店街』をきっかけに、舞台美術家の杉山至、坂本遼、佐々木文美、中村友美により結成されたコレクティブ。戯曲や俳優を前提にするのではない、舞台美術を起点とした場面、情景の創造に取り組む。名称の「セノ」は、舞台美術、場面などを表す「セノグラフィー」に由来する。

■プログラム概要
セノ派『移動祝祭商店街 まぼろし編』
スケジュール:2020年10月16日(金)〜11月15日(日)
会場:特設ウェブサイト https://www.scenoha-festivaltokyo.jp/
豊島区内各所、豊島区内商店街(池袋本町エリア、大塚エリア、南長崎エリア)
参加料:無料
特別協力:池袋本町通り商店会、池袋中央通り商店会、南大塚ネットワーク、一般社団法人みんなのトランパル大塚、としま南長崎トキワ荘協働プロジェクト協議会

■開催概要
名称:フェスティバル/トーキョー20
会期:2020年10月16日(金)〜11月15日(日) 31日間
会場:東京芸術劇場/トランパル大塚/豊島区内商店街/オンライン会場 ほか
プログラム数:主催 13プログラム
主催:フェスティバル/トーキョー実行委員会、
豊島区/公益財団法人としま未来文化財団/NPO法人アートネットワーク・ジャパン、
東京芸術祭実行委員会〔豊島区、公益財団法人としま未来文化財団、フェスティバル/トーキョー実行委員会、公益財団法人東京都歴史文化財団(東京芸術劇場・アーツカウンシル東京)〕
ウェブサイト:https://www.festival-tokyo.jp/

Kyo Yoshida

Kyo Yoshida

東京都生まれ。2016年より出版社やアートメディアでライター/編集として活動。