公開日:2020年11月2日

美術館ふたたび閉鎖へ、進歩的コレクション売却、230万円の写真集など:週刊・世界のアートニュース

ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目ニュースをピックアップ

いま、世界のアート界では何が起こっているのか? ニューヨークを拠点とする藤高晃右が注目のニュースをピックアップ。今回は、10月24日〜30日のあいだに世界のアート系メディアで紹介されたニュースを「トップニュース」「続くコロナ禍」「できごと」「新たなエコシステムの動き」「おすすめの展覧会、ビデオ」の5項目で紹介する。

メトロポリタン美術館のサックラーウィング 出典:Wikimedia Commons(Erwin Verbruggen)

トップニュース

◎コレクション売却に新展開
先週のニュースにも入っていたボルチモア美術館のコレクション売却騒動。コレクションの目玉とも言えるアンディ・ウォーホル、クリフォード・スティル、ブライス・マーデンを10月28日のオークションで約65億円で売却予定だったが、26日に2人のアーティストの理事が辞任。また当初から売却に反対していた前の理事が、以前約束していたという約50億円もの美術館への寄付の取り下げを発表。現理事長がそもそもその寄付金は書面にもなっておらず、あてにしていないという反論を出すなど紛糾していたが、最終的にそれら多くの反対に直面した結果、美術館と美術館長協会(Association of Art Museum Directors)が協議の上、オークション当日に売却の停止を決定。美術館長協会は以前この売却計画を承認していたが、多くの反対を受け、さらなる議論が必要との結論に。
https://www.artforum.com/news/baltimore-museum-of-art-pauses-contentious-deaccession-hours-before-auction-84281

◎“進歩的コレクション売却”
ボルチモア美術館を含め、コロナの影響で財政的な理由で広がっていると理解されてきた一連の米国美術館によるコレクション売却の動きを、「Progressive Deaccessioning」(進歩的コレクション売却)、つまり現在大半を占めている白人男性作家作品中心のコレクションを多様化させる動きであると捉え直す論。
https://www.apollo-magazine.com/deaccessioning-and-diversity-us-museums/

◎オピオイド騒動にひとつの決着
中毒性の強いオピオイド鎮痛剤を販売拡大のため過剰処方奨励し全米で社会問題を引き起こしたパーデュー製薬の創業家サックラーはアメリカだけでなく、ヨーロッパでもこれまで多数の美術館に多額の寄付をしてきた。だが、パーデューを含む複数の製薬会社のオピオイド鎮痛剤中毒により全米で40万人以上が死亡。製薬会社が中毒性を知りながら販売拡大のため医者にキックバックまで払って過剰処方させていた。いわば意図的に医療制度を介して中毒患者を作り出していたわけだ。その法人としての有罪が確定。その黒い莫大な利益から美術館への寄付が出ていた。
https://www.bbc.com/japanese/54640495

◎消える「サックラー」の名
有罪が確定した今、ニューヨーク大学は医療研究施設からサックラー家の名称削除を決定。メトロポリタン美術館はサックラーウィングの名称変更を検討中。美術館におけるサックラー家の影響排除を訴えてきた急先鋒は写真作家のナン・ゴールディン。彼女自身がオピオイド鎮痛剤の中毒に苦しんだ経験からSackler P.A.I.N. という集団を組織し、美術館でのデモなどの活動を続けてきた。
https://news.artnet.com/art-world/sacklers-name-museum-met-1917814

◎230万円の写真集
バチカンのシスティーナ礼拝堂内部の壁画を超高精細に撮影して、目の前で実物大サイズで見ることができる写真集が11月1日に発売予定。1冊11キロ、60センチの大型本で3巻セット。ミケランジェロの最後の審判やボッティチェリのフレスコ画などが現場以上に間近に見られるが、お値段はなんと約230万円! 英語版は600部限定で、全言語で1999部。全部売り切ったとしたら総売上約40億円の計算。詳しくはわからないが印刷費、工賃で1部10万円くらいとしても、1999部で約2億円。そう考えれば1部30万円でも販売可能であるように見えるが、こういう話題性も含めて230万円の方が売れるのかもしれない、複雑な世の中だ。
https://news.artnet.com/art-world/sistine-chapel-photo-book-1918179

◎大規模回顧展が延期→前倒しに
ワシントンDCのナショナルギャラリーがテート・モダン、ヒューストン美術館、ボストン美術館と共同計画しているフィリップ・ガストンの大規模回顧展だが、KKKのイメージが出てくることなどを懸念して延期になり当初2024年の開催と発表されていた。ガストンは今こそ見られるべきで延期は不必要な自己検閲だと大きな批判が出ていたなか、2022年の開催に前倒しされることが決定。
https://www.nytimes.com/2020/10/28/arts/design/philip-guston-retrospective-date.html

そして同じくガストン関連のニュース。展覧会が延期された直後に自身のInstagramで延期を批判していたテートギャラリーのキュレーターが一時定職処分に。
https://news.artnet.com/art-world/mark-godfrey-suspended-tate-1918726

続くコロナ禍

◎ふたたび美術館が閉鎖へ
コロナの第2波が襲うヨーロッパで再度美術館の閉鎖が広がっている。ベルギーは少なくとも11月19日まで、フランスもルーブルやオルセー美術館が今後の通知があるまで閉鎖を発表。スウェーデンも今後3週間閉鎖。ドイツ、イタリア、スペインは今の所美術館はロックダウンの範囲外だが予断を許さない状況。
https://www.artnews.com/art-news/news/germany-france-museums-coronaivrus-second-wave-lockdown-1234575311/

◎ロイヤルオペラハウスの名画が落札
10月22日に開催されたクリスティーズによるパリ・ロンドン中継オークションでは、ロンドンのロイヤルオペラハウスからリストラの一環で売りに出たデイビッド・ホックニーの絵画《Portrait of Sir David Webster(1971)》が約17億円で落札。
https://www.artnews.com/art-news/market/christies-david-hockney-marina-abramovic-mixed-reality-london-sale-1234574891/

◎エルサレムでは売却をキャンセル
エルサレムのイスラム美術館でもコロナの影響からくる財政難を理由に200点ものコレクションが10月27日、28日にロンドンのサザビーズによるオークションにかけられる予定だった。しかし大統領をはじめ多くの批判が集まり売却を急遽キャンセル。
https://www.timesofisrael.com/jerusalem-islamic-museum-scraps-sothebys-sale-of-its-exhibits-following-outrage/

できごと

◎「I Voted」ステッカーの付録
『ニューヨーク・マガジン』が48人のアーティストに「I Voted」(投票しました)のステッカーをコミッションして今号に付録。バーバラ・クルーガー、デイビッド・ハモンズ、シェパード・フェアリーなど。いい企画だとは思うが、日本と違って米国では雑誌に付録をつけるのはまれななか、紙媒体の販売不振を払拭するきっかけになるか。
https://hyperallergic.com/597025/artists-including-david-hammons-and-barbara-kruger-reimagine-i-voted-stickers/

◎ヨーゼフ・ボイスの展覧会が盗難、展示へ
10月18日にドイツで開催中の展覧会からヨーゼフ・ボイスの作品が盗まれたことが判明。アーティスト集団のFrankfurter Hauptschuleが犯行声明を出し、ドイツの過去の植民地への象徴的な返還としてタンザニアの美術館へ送られてすでに常設展示されているとのこと。
https://www.artnews.com/art-news/news/joseph-beuys-sculpture-stolen-frankfurter-hauptschule-1234574872/

◎ガゴシアンでもセクハラか
世界最大手のガゴシアンギャラリーのディレクターがセクハラなどの疑いで給与無しの職務停止処置に。第三者が調査中。先週からInstagram のインフルエンサーjerrygogosianがディレクターを名指しで糾弾しており、他にも同様の被害にあった人に共に訴えようと呼びかけていたもの。
https://news.artnet.com/art-world/gagosian-director-suspended-without-pay-1918330

◎コロンビア人作家10人
世界的に活躍するアーティストの出身国が欧米からどんどん世界各地に広がっているなか、コロンビア人作家10人を紹介する記事。個人的にも作品をどこかで見た記憶がある作家が数人とターナー賞作家のオスカー・ムリーリョ以外は初見。このような記事で見たあと、どこかで実際に展覧会で見ることができるとピンとくるはず。
https://www.artsy.net/article/artsy-editorial-10-colombian-artists-shaping-contemporary-art

◎フリーズ・ニューヨークは縮小開催
来年5月に開催予定のアートフェア「フリーズ・ニューヨーク」だが、2012年からずっと開催していたランドールズ島のテントをやめて、マンハッタンの再開発地区ハドソンヤード内にある多目的アートセンターThe Shed(ザ・シェッド)で開催することを決定。場所が小さくなること、ソーシャルディスタンスを取る必要があることなどが理由で出展ギャラリー数はなんと従来の3分の1以下の60ギャラリーと小型に。
https://www.theartnewspaper.com/news/frieze-new-york-relocates-to-non-profit-institution-the-shed-for-2021-edition

◎トレイシー・エミンならではのコメント
トレイシー・エミンが膀胱癌を患っていたが手術を経て治癒の途上であることがわかった。あえて翻訳をしないがコメントが彼女らしい。“I had fucking cancer, and having half my body chopped out, including half my vagina, I can feel more than ever that love is allowed,”
https://www.theguardian.com/artanddesign/2020/oct/28/tracey-emin-reveals-she-has-been-treated-for-cancer

◎新最高裁判事がアート界に与える影響
アメリカの最高裁判事に就任したエイミー・コニー・バレットがアート業界に与える影響を論じた記事。これまでのトラックレコードから言えることはあまりなさそうだが、著作権に関しては、前任のルース・ベーダー・ギンズバーグよりも緩和(著作権者のコントロールが弱まる方向)に動きそうであり、一見それは作家にとってネガティブに聞こえるが、どちらとも言えないという論。
https://hyperallergic.com/597958/what-is-justice-amy-coney-barretts-record-on-arts-funding/

◎ニューヨークの脱税と告発事情
アメリカでは州によって、消費税や地方所得税がなかったり、税率が違ったりするのだが、ニューヨークは消費税や所得税ともに全米でも一二を争う高さ。そこで、アート作品をわざわざ他州に送ってからニューヨークに再送したり、さらに悪質な場合空箱だけ往復させて他州で買ったように見せかけて消費税を脱税する例。また、ニューヨークに家があっても、毎年ニューヨークには184日未満滞在するようにしてニューヨークの非居住者として所得税を免れるのは合法であるが、ニューヨークに飾ってあった作品を売却した際の利益には非居住者所得税がかかるにもかかわらず、申告しない例など、色々な形で脱税がされているらしい。税務署は告発者を求めており、告発者は匿名が約束されるだけでなく回収できた追徴税が多額であった場合、その15〜30%を懸賞金として手に入れることができる。また10年間遡れるので、勤めていたギャラリーなどで脱税行為を見て、やめたあとに告発することも可能であるとのこと。
https://artdaily.cc/news/129611/New-York-seeks-art-tax-whistleblowers-#.X5riw-2jl4E

新たなエコシステムの動き

◎スタートアップへの投資ファンド
アートや文化へのアクセスを増大させ、エコシステム全体に寄与し社会的インパクトがあるスタートアップに投資する約120億円のファンドがフランスで誕生。当初はフランスのスタートアップが対象だが、ヨーロッパに拡大予定。日本でもこのようなファンドができると面白いのだが。
https://news.artnet.com/art-world/frederic-jousset-launched-119-million-impact-invest-fund-upstart-art-companies-europe-1917886

◎アートとブロックチェーン
10月初旬にロンドン在住のアーティストBen Gentilliによる、120センチほどのグレーのディスク上の立体作品に322,048桁のコードが描かれた作品《Block 21》が1300万円以上で落札された。この作品にはブロックチェーンのイーサリアムを使ったトークンがついていて作品の居場所をトラックすることができるという。ブロックチェーン関連アート作品ではこれまでの最高額とのこと。このようにブロックチェーンを関連付けた作品をつくるアーティストが増えており、また、SuperRareというブロックチェーンを使ったクリプトアートマーケットでは、8月の総売上が1.6億円を超え年初の4倍だという。そこでは、作品のプライマリーセールでは15%のコミッションが取られるが、セカンダリー以降は売却額の10%が作家に還元されるという。アートとブロックチェーンの様々な動きをまとめた記事。
https://www.nbcnews.com/tech/tech-news/how-blockchain-technology-reached-christie-s-changed-art-world-along-n1244951

おすすめの展覧会、ビデオ

◎17世紀イタリアの女性画家
ロンドンのナショナルギャラリーでアルテミシア・ジェンティレスキの英国初の大規模展覧会がスタートして大きな評判をよんでいる。17世紀イタリアの画家で、当時ほとんど男性ばかりだった業界で認められた数少ない女性作家だが、これまでやはり同時代の他の作家に比べて、それほど評価されてこなかった。2021年1月24日まで。
https://news.artnet.com/exhibitions/artemisia-gentileschi-national-gallery-london-1917198

◎中国アートシーンの現在
Art21によるアートドキュメンタリーシリーズ。今回は北京を特集。劉小東(リウ・シャオドン)、徐冰(シュー・ビン)、2020年恵比寿映像祭に出品していた关小(グァン・シャオ)、日本を含む世界で活躍する宋冬(ソン・ドン)、尹秀珍(イン・シゥジェン)を紹介。どの作家もとても面白く、中国のアートシーンの様子が垣間見れる。
https://www.pbs.org/video/beijing-phvptq/

Kosuke Fujitaka

Kosuke Fujitaka

1978年大阪生まれ。東京大学経済学部卒業。2004年、Tokyo Art Beatを共同設立。08年より拠点をニューヨークに移し、NY Art Beatを設立。アートに関する執筆、コーディネート、アドバイスなども行っている。