60年の時を経て包まれた凱旋門。クリストとジャンヌ=クロードの夢の巨大プロジェクトがパリで実現

遺志を継ぎ、ようやく構想が現実に。パリから現地レポートをお届けする(文:杉浦岳史)

In Art Beat News by Art Beat News 2021-09-18

パリの象徴として世界に知られる高さ約50mの「エトワール凱旋門」が、巨大な布で包まれた。青みがかった銀色の布は太陽の光を反射して、ほかに見たことのない存在感を凱旋門に与える。

これは、パリ最古の橋「ポン・ヌフ」やドイツの国会議事堂などを布で包んだ壮大な作品で知られる芸術家ユニット「クリストとジャンヌ=クロード」よるアートプロジェクト「L’Arc de Triomphe, Wrapped」(ラッピングされた凱旋門)。妻のジャンヌ=クロードは2009年に亡くなったが、夫のクリストが中心となってその実現に向けた準備を進めてきた。

当初2020年春に予定されていたプロジェクトは、コロナ禍の影響により2021年に延期。残念ながらクリスト本人はその完成を見ることなく、2020年5月に拠点としていたニューヨークで84年の生涯を閉じたが、その遺志を継いでプロジェクトは続行。パリ市民の注目を集めるなか、9月18日に一般公開の日を迎えた。

いつもとまったく違う凱旋門の姿に、誰もが足を止めてそれを見上げ、写真を撮る。現地のTVではニュースや作家の特集番組として取り上げられて大きな話題になり、凱旋門のあるエトワール広場や目の前のシャンゼリゼ通りを訪れる人もかなり増えてきた。こうした作品に賛否両論があるのはいつものことだが、1985年のポン・ヌフのラッピングを記憶している人も多く、アートを見慣れたパリ市民のあいだには歓迎ムードが広がっている。

コロナワクチンの接種率が8割を超え、ようやく普通の暮らしを取り戻しつつあるパリ。芸術や文化にふれる機会も制限されてきた人々にとって、胸がすくようなこのアート作品の出現は、新しい日々の到来を告げるシンボルにも見えるはずだ。

歴史的建造物を舞台にした作品ということで、パリ市やフランス文化財センター、ポンピドゥーセンターなどのサポートも受け、数々の交渉、許認可を経て進められたプロジェクト。1000人以上のスタッフが関わり、最後は95人の高所技術者が3000mのロープを操って2万5000㎡におよぶ布を掛け、凱旋門を「ラッピング」した。素材はリサイクル可能なものが選ばれ、過去に夫妻とともにポン・ヌフ、ドイツ国会議事堂のラッピングを担当したドイツの設計事務所も携わって、周到な準備のもと作品は制作された。

こうした制作に関わる約1400万ユーロ(約18億円)の費用はすべて、クリストとジャンヌ=クロードがプロジェクトごとに制作してきたドローイングやコラージュ、模型などの販売による基金でまかなわれるという。公共の予算や寄付は受けない。これは彼らが当初から貫いてきた方針のひとつだ。

ブルガリア生まれのクリスト、そしてモロッコ生まれのフランス人ジャンヌ=クロード。二人は1935年6月13日というまったく同じ日に別の場所で生まれ、まるで運命に導かれるかのように1958年にパリで出会い、共に仕事をするようになった。

1961年、すでに自分の描いた絵画やオブジェを布やビニールで包む作品を制作しはじめていたクリストは、ジャンヌ=クロードとともに公共の場を使った期間限定の作品を計画し始める。凱旋門のプロジェクトは、実はもうこの頃すでに構想があったものだ。1962年から63年にかけて、彼らはラッピングされた凱旋門の写真モンタージュを制作。それから幾たびか試案を重ねたのち、2017年からはクリストが本格的にプロジェクトの準備に着手。60年の歳月を経て、ようやく構想が実を結んだことになる。

フランスにも多くのファンがいる芸術家クリストとジャンヌ=クロードが、長年にわたって温めてきた夢の巨大プロジェクト。人々があらゆる方向からこの作品を楽しめるよう、10月3日までの公開中の週末は凱旋門のあるエトワール広場が歩行者専用になるという。12本の放射状の道路が集結する交通の要としては異例の措置に、芸術都市・パリの意気込みが感じられる。

隠すことで現れるものがある、と語ってきたクリストとジャンヌ=クロード。誰もが知るモニュメントを包むことで、人々は驚き、魅了されるばかりでなく、しばし違う視点で街の風景を眺め、今まで気づかなかった何かを見つけることになる。空の青さ、街の美しさ、喧噪のない静けさ・・・その何かはそれぞれ違っても、見た人の生涯の記憶として深く刻まれることは間違いないなさそうだ。

杉浦岳史
パリを主な拠点にアート・文化系ライター、コピーライターとして活動。

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