公開日:2018年12月14日

製作50周年記念『2001年宇宙の旅』70mm版特別上映を振り返る

映像作品にかんする再現と保存についての一考察

オリジナルネガから新たにプリントされたアンレストア版(unrestored version)70mmフィルムとして欧米各国を巡回していたスタンリー・キューブリック不朽の名作『2001年宇宙の旅』(1968)が、2018年10月に東京・国立映画アーカイブで全12回の特別上映を終えた。

アンレストア版とは、『インセプション』(2010)『インター・ステラー』(2014)で知られる監督クリストファー・ノーランによる監修のもと、1968年当時のオリジナルの画と音の再現を目的にデジタル処理を介さず作られた70mmニュープリントを指す。ノーランといえばフィルムに強いこだわりを持つ人物として知られているが、なかでも最新作『ダンケルク』(2017)はIMAX70mmフィルム撮影が尺全体の実に75%を占めたほどで、彼がこのプロジェクトを監修したのも頷ける。こうした背景を持つ今回の特別上映は、オリジナルに即した映像の上映、かつ国内で70mmフィルムを体験できる貴重な機会としてチケット発売前から大きな話題を呼んだ。

実際の上映環境に関する感想は、すでに多くの鑑賞者がネット上でその感動をシェアしているため割愛するとして、この場では2つの視点、作品の再現と保存修復という点から、今回の記念すべき「ユネスコ「世界視聴覚遺産の日」記念特別イベント 製作50周年記念『2001年宇宙の旅』70mm版特別上映」を振り返ってみたい。

 

カーテンを開けるタイミングまで!指示書による徹底された再現
シネコンでは同じ映画を日々複数回上映しているが、私たちはそれを「再現」とは呼ばない。本企画が「再現」と称する理由は、フィルムの制作過程がオリジナルの音と画を追求したことに加えて、当時の上映形式を徹底的に再現したことに由来する。実際の上映では、幕間音楽は2分18秒、カーテンは閉じたまま、照明はほの暗く、映画が始まる前に照明OFF、カーテンを開けるという具合に、当時のキューブリックによる上映指示書に基づく映写が実践された。音響も1968年公開当時と同一仕様、スクリーン裏の5チャンネルとモノラルサウンドの計6チャンネルで再現された。したがってこの点で本企画が、ガス・ヴァン・サントが1998年にヒッチ・コックの『サイコ』をカラーで再制作した、いわゆるリメイクとは全く別次元の再現を志向していることが理解できるだろう。

制作者の指示書に基づいて第三者が作品を再現する、という本企画が採用したスタイルは、こと美術の文脈においては決して珍しくない。たとえば、キューバ生まれでアメリカの芸術家であるフェリックス・ゴンザレス=トレスの作品《無題(気休めの薬)》(1991)では、展示会場の一角に敷き詰められた、あるいは積み上げられたキャンディーを鑑賞者が自由に持ち帰ることができる。作家はこの作品にかんして、175ポンドのキャンディーを使うこと、なくなった分だけ定期的にキャンディーを補充することを指示書に記している。指示書に基づけば、展示場所(上映場所)を変えても、いつでも、誰でも、何度でも再現可能な点で、本企画と親近性があるように思われる。こうした芸術作品は、インストラクションアートと呼ばれるが、キューブリックによる上映指示書と当時の上映環境の資料をもとに忠実に再現した今回の上映は、ある種その系譜にあると考えることができよう。

 

未修復ながら修復された映画?
ノーランとワーナー・ブラザースは、本企画をアンレストア版と名づけたが、あえて復元/修復(restoration)ではなく未復元/未修復(unrestored)を好んで選択していることが伺える。オリジナルを再現することが本企画のコンセプトであるのに、なぜ「復元していない(アンレストア)」ことになるのか。いささかパラドキシカルに聞こえるが、その理由はノーラン曰く、真の意味でオリジナルの再現を追求したためだという。上映形式だけでなく、ポジプリントの作成方法までも制作当時の記録をもとに50年前と同様のアナログな方法に則って制作された本企画は、オリジナルネガの傷や音響のノイズをデジタル加工で消すことなく再現された。アンレストアという名前に込められているのは、「生のままの再現」である。

とはいえ、ノーランの思想の反映として未修復の名前を冠していても、今回のプロジェクトは保存修復の一環とみなすのが妥当であろうというのが筆者の考えだ。その根拠として、第三者が作品に介入する際にオリジナルを尊重するというのがそもそも近代以降の保存修復理論のオーソドックスな思想であると同時に、予防的修復という概念があげられる。通常の修復作業が損傷が生じてから処置を施す対処療法であるのに対して、予防的修復とは日常的なメンテナンスによって事前に作品の損傷を防ごうとする試みを指す。そして、この概念は広義の保存修復に含まれる。たとえば絵画作品であれば、この作品は顔料が剥落しやすいからガラスケースで保護した状態で展示をしよう、という対策も予防的修復に該当する。

しかし、映像作品は絵画とは異なり、専用の機械で再生するまで実際に見られるかどうか、つまり作品が作品として成立できる状態なのか判断する術がない。映像作品にとって再生することは、作品が良好な状態で保存されているかを確認することをも含む。その意味において、今回ノーランが携わったプロジェクトは、オリジナルネガの予防的修復といえる。

アーカイブを前提とした長期的保存の観点でいえば、デジタル化はオリジナルを救うことができない。データは形式が変わるたびにアップデートないしはバックアップをとる必要があり、データを読み出せなくなるリスクを常に背負う上に、金銭的にも莫大なコストがかかる。一方で、リュミエール兄弟のシネマトグラフのフィルムが現存していることからも明らかなように、物質としてのフィルムは少なくとも100年以上持つことが保証されている。デジタル映画の最良の長期保存方法は結局フィルムに転写すること、という結論を出したデジタル・ジレンマと呼ばれる問題がその最たる例だ。

過去の名作を4Kデジタルリマスター版として上映するのが昨今盛んなように、デジタル技術はその時代ごとに最先端の技術で映像を美しく蘇らせる。しかしその際オリジナルフィルム素材を気にかけているだろうか。オリジナルネガからの再現を目的に新たにプリントした本企画は、オリジナルネガの状態をよくよく点検しなければなかったはずだ。彼らが意図していたかは別として、それは、オリジナルネガのメンテナンスであると同時に、これから先の将来も良好の状態を保つための予防的修復だったと考えられる。

 

以上のように、本企画を考える上で不可分な「再現」をキーワードとして、インストラクションアートと予防的修復の概念を交えて特別上映を振り返ってみた。ここから導き出される一つの答えは、素材・制作者の意図・当時の状況の記録、とオリジナルに関する情報が三拍子そろっていれば、本企画のように再現することが何より最良の保存方法なのかもしれないという仮説である。

今回の70mmフィルム上映が大きな反響を呼んだのは、50年前を懐古する気持ちよりも、自分も「オリジナル」を観てみたいという欲望を刺激されたことが動機の中心だったと感じる。実際、筆者も公開当時を全く知らない年代でありながら、初日の初回上映を見るべく朝早くから国立映画アーカイブに並んだ一人だ。音楽も映画もストリーミングで楽しむことが当然となった反動としての物質への憧憬、体験することに価値を見出すモノ消費からコト消費への移行、そうした現代的ニーズが今回の70mmフィルム特別上映への求心力になったことも無視できない。時代を超えて、50年前と同じ経験を新しい世代と共有することを可能にした『2001年宇宙の旅』のオリジナルネガは、50年後も再び私たちをその時代の新しいプリントで楽しませてくれるだろうか。

 

■参考資料
Alissa Wilkinson, “Dunkirk is playing in a lot of formats. Here’s how each affects your viewing experience.,” Vox, Jul 20, 2017. Accessed Nov 10, 2018.
https://www.vox.com/culture/2017/7/19/15985474/dunkirk-explainer-format-imax-digital-70mm-35mm-buy-ticket
→各種フィルムフォーマットの比較画像が掲載されており、わかりやすい
Sopan Deb, “Christopher Nolan’s Version of Vinyl: Unrestoring ‘2001’,” The New York Times, May 11, 2018. Accessed Nov 10, 2018.
https://www.nytimes.com/2018/05/11/movies/2001-a-space-odyssey-christopher-nolan-cannes.html
田口かおり『保存修復の技法と思想 古代芸術・ルネサンス絵画から現代アートまで』平凡社、2015年
岡田秀則『映画という《物体X》フィルム・アーカイブの眼で見た映画』立東舎、2016年
NFAJハンドアウト第002号「製作50周年記念『2001年宇宙の旅』70mm版」

■ウェブサイト
国立映画アーカイブ ユネスコ「世界視聴覚遺産の日」記念特別イベント
製作50周年記念『2001年宇宙の旅』70mm版特別上映

伊藤結希

いとう・ゆうき

伊藤結希

いとう・ゆうき

執筆/企画。東京都出身。多摩美術大学芸術学科卒業後、東京藝術大学大学院芸術学専攻美学研究分野修了。草間彌生美術館の学芸員を経て、現在はフリーランスで執筆や企画を行う。20世紀イギリス絵画を中心とした近現代美術を研究。